社会生活で求められる成人の能力を測定した「国際成人力調査」(PIAAC)で「読解力」、「数的思考力」、「状況の変化に応じた問題解決能力」でいずれも一位を獲得、教育で世界的に高く評価されているフィンランド。そんなフィンランドにおける教育について、今回は、ヘルシンキにある私立高校Kulosaari Secondary SchoolでSTEAM教育を担当する教員 Erika Perttuliさんにインタビューを行いました!
Erikaさんは、同学校で教員を務めながらも、ヘルシンキ大学で研究者としても活動されています。今回は、Erikaさんの研究内容でもある「計算論的思考スキル」と「創造的プロセス」を組み合わせた現象ベースのSTEAM学習シナリオに基づいた研究について、その授業の内容も含めてお話しを伺いました。
*Kulosaari Secondary School学校の見学記事についてはこちら:
日本の学校と何が違う? フィンランドのウェルビーイングを探る!
まず、フィンランドの学校で実際に行われている授業の詳細を伺う前に、Kulosaari Secondary Schoolで行われている授業の特徴について話を聞きました。フィンランドの教育現場では、分野横断的なアプローチが重要な役割を果たしているということで、Kulosaari Secondary Schoolでは、「STEAM」という科目を設け、学際的な学習の枠組みとして活用しています。フィンランドでは、こうしたアプローチを「現象学習」とも呼ぶのですが、一体どんな学び方なのでしょうか? 実際の授業の内容とあわせて、その特徴を詳しく紹介していきます!
Erikaさん:
たとえば、フィンランド語と歴史を組み合わせて学際的なプロジェクトを行うことができますが、私たちの学校では「STEAM」という科目を通じて、それを実践しています。現象学習も、それにとても近い考え方ですね。フィンランドの多くの学校では、「水」などのテーマを選び、さまざまな視点から探究する形で学びを進めています。
現象学習は、特定のテーマを深掘りする教育的アプローチとして注目されています。この手法について、ヘルシンキ大学の教授も多くの研究を行っており、その重要性が再認識されています。私は、現象学習は昔から私たちが行ってきたことに名前をつけたようなものだと思っていて、ただ、それを教育的な視点で整理することで、『これは私たちがずっとやってきたことだ』と気づく人が増えたんだと思います。このような学びのアプローチは、単なるモデルではなく、学習者に主体的な学びの体験を提供する方法として進化してきたといえます。
また、現象学習は、プロジェクト型学習(PBL)や問題解決型学習(PBL)とも深く関わっています。多くの科目、例えば英語の授業でも、現象学習やプロジェクト型学習、問題解決型学習などのアプローチを活用しています。実際に私が取り組んでいる授業も、問題解決型学習(PBL)のシナリオでありながら、現象学習の要素も含まれています。単一の学びの枠組みにとどまらず、学びの形を柔軟に組み合わせることで、より深い理解と幅広いスキルの習得が可能となっています。
テクノロジーは、もはや必ずしも「革新的」なものではなく、日常生活に自然と溶け込み、当たり前の要素となってきています。そんな誰もがデジタル技術を駆使している時代(ポストデジタル時代)において、「STEAM」と「計算論的思考(Computational Thinking)*」を、どのように考えられているのでしょうか。
*「計算論的思考(Computational Thinking)」とは、問題に対してコンピュータが情報を処理するときのような順序を踏み、解決へと導く能力のこと
Erikaさん:
計算論的思考について話すとき、多くの人は『ノートパソコンが必要だ』とか『コーディングが必須だ』と考えがちです。しかし、私の研究では、計算論的思考は問題解決のスキルであるという考えを中心に据えています。つまり、計算論的思考はコーディングや特定のデジタルツールに依存するものではなく、幅広い問題解決能力を涵養する方法論の一部として捉えられています。
フィンランドの教育現場では、テクノロジーが学びのプロセスに深く組み込まれています。しかし、それを単に「テクノロジーを使う」という意識ではなく、目的達成のための手段として活用する姿勢が特徴的です。テクノロジーは学びの中心ではなく、それを補完し、思考や創造を促進するためのツールとして位置づけられているんです。
私たちの学校ではAdobeのソフトウェアがすべて使えるようになっています。生徒たちは、ドローイングタブレットを使うか伝統的な方法を使うかを区別する必要がなく、どのツールを使うか自分で選んで決めています。この「選択の自由」は、ポストデジタル時代の重要なポイントで、生徒たちが自ら考え、ツールを活用する力を育む核となっています。教室には、一眼レフカメラやビデオカメラ、ジンバルなどの先進的な機材が揃っており、生徒たちはこれらを実際に使いながら学びを深めています。例えば、8年生の生徒たちはすでに一眼レフの使い方を知っていますし、さまざまな活動を通して実践的なスキルを習得しています。生徒たちはツールの使い方だけでなく、それを通じて何を達成するかという本質的な考え方を学びます。
実際のErikaさんの授業では、20回の授業を構成する学習シナリオをデザインし、生徒たちは国連の持続可能な開発目標(SDGs)をテーマにしたプロジェクトに取り組みました。生徒たちは自らの興味を探究しながら、多角的な視点で課題に取り組んで行きます。
Erikaさん:
この学びのプロセスでは、計算論的思考が生徒たちの探究と表現活動の核となっています。たとえば、「不平等」という抽象的なテーマを分解し、アルゴリズム的に問題を捉え直すことで、生徒たちは課題を身近なものとして感じられるようになります。
まず、生徒たちはマインドマップを作り、2030アジェンダを個人的なレベルに落とし込むプロセスを進めました。これが非常に重要なプロセスで、最終的に自分にとって意味のあるテーマを見つけました。STEAMプロジェクトを設計する際、現実世界の問題を反映することが重要です。14歳の子どもがソーラープラントを作りたいと思うことは少ないですよね。そこで、デザイン思考の視点を取り入れて、15歳の生徒が興味を持てる学習シナリオをどう作るかを考えました。
授業では、課題を分解して考えていく中で、“アルゴリズム的に問題を捉え直す”ことが行われました。ここでは、計算論的思考をSTEAMに取り入れ、具体的な学習シナリオを構築されています。具体的にはどのような取り組みだったのでしょうか。
Erikaさん:
私たちは7年生向けに学習シナリオを構築し、彼らが計算論的思考スキルを理解できるようにしました。そのために、私が独自に作ったカードを使用しました。
計算論的思考(CT)の抽象的な概念を生徒が親しみやすい形で学べるように具体化し、それを生徒たちに伝えるための教材をデザイン
カードでは、計算論的思考の「抽象化」、「分解」、「アルゴリズム設計」、「デバッグ」、「反復」、「一般化」といった側面を可視化することで、学びを視覚化しながら、計算論的思考を具体的な活動として体験することが可能になっています。
ただ、コンピュータの専門用語は使いたくありませんでした。生徒たちが親しみやすく感じられるものを選びたかったんです。そこで、カップケーキを選び、それを通じてこれらの側面を視覚化しました。たとえば、生徒たちが『デバッグをするとはどういうことか』を理解できるように、カップケーキを使ってその意味を伝える工夫をしました。どういうことかというと、カップケーキがうまく焼けなかったときには、オーブンに入れる時間を延ばしたり、温度を調整したりして、どうすれば美味しく焼き上がるか工夫しますよね。同じように、毎回の授業の後で、生徒たちはSTEAMの授業中に自分たちがどのカード(計算論的思考の側面)を使ったのかを選びました。複数のカードを選ぶこともできました。
このプロジェクトは、プロジェクトでは、生徒たちが自分たちでトートバッグやTシャツをデザインし、製作から販売までを手掛けました。プロジェクトの中で生徒たちは個人的なテーマを選び、それをデザインに反映させています。
Erikaさん:
生徒たちが『先生たちが見たいもの』ではなく、『自分たちが作りたいもの』をデザインすることが重要でした。その結果、私たちがこれまで見たことのないような作品が生まれました。生徒たちはAdobe Illustratorを使ってプリントデザインを作成し、ビニールカッターで仕上げたプリントを用いて作品を完成させました。また、レーザーカッターを使ってロゴ用の木製スタンプを作り、それを使ってシャツやバッグに刻印する作業も行いました。
さらに、希望する生徒はMicro:bitを使ったプログラミングでトートバッグにインタラクティブな要素を加えるなど、デジタルと物理的な表現を融合させた活動も行われました。
ある生徒は多様性をテーマにした女性の顔を描いたバッグをデザインし、そのバッグを実際に販売まで行いました。このバッグを作った生徒は、街中で『そのバッグどこで買ったの?』と声をかけられることがあったそうです。結果的に、Instagramでバッグを販売するようにもなりました。このように、生徒たちの作品は単なる学習成果にとどまらず、社会とのつながりを生み出すものとなっています。
また、授業では計算論的思考を学ぶプロセスを振り返る力を生徒たちに持たせるため、ビデオを活用したプロセスポートフォリオツールを導入。このツールは、生徒が学びの過程を記録し、自らの成長を可視化するための重要な役割を果たしました。
Erikaさん:
「各授業の後、生徒たちは『今日どんな問題に直面し、それをどう解決しましたか?』という質問に答えるビデオを撮影しました。この問いこそが鍵でした。以前の質問では、生徒たちは単に作業を淡々と報告していただけでしたが、この「奇跡の質問」によって、生徒たちは自らの行動を深く振り返り、自分の作業を撮影しながら説明するようになったんです。
生徒たちがビデオの中で、自ら試行錯誤するプロセスを説明する様子は、計算論的思考が実践されている証拠でもあります。生徒たちが知識を構築する瞬間を目撃することができました。
生徒たちは、『これをやってみました。そしてControl+Zで戻して、次にControl+Bを使いました。だから、これを見てください!』と説明しています。その中に純粋な知識創造の瞬間が見えるんです。この試行錯誤のプロセスは、単なる技術習得ではなく、生徒が自らの思考を整理し、解決策を構築する能力を育むものです。
20回の授業を通じて、生徒全員が自分の作品を完成させ、それを大切に扱う姿勢が見られました。誰一人としてTシャツを置き忘れることもなく、全員が成果物を身につけていました。これが学習シナリオの成功を示す一つのサインだと思います。生徒たちが自分の作品を誇りに思い、学びの成果を実際に使用したり見せたりすることは、このプロジェクトの意義深さを象徴していたと思います。
プロジェクトが終わり、生徒が言っていたのは、『重要なのはやり方そのものではなく、その背後にあるアイデアや、それをどう改善して応用できるかだ』ということでした。このコメントを読んだとき、研究者として涙が出そうになりましたね。
—
今回のインタビューを通じて、フィンランドの教育における現象学習や計算論的思考の実践だけでなく、生徒の創造性や主体性をどのように引き出しているかを垣間見ることができました。STEAM教育を通じて、未来の課題に向き合う力を育むアプローチはポストデジタル時代において、日本の教育現場においても、未来への学びを促進する大きなヒントになるのではないでしょうか。