教育に関する世界的な課題のひとつに、ジェンダー間の格差(ジェンダー・ギャップ)の解消があります。本記事では、教育ジェンダー・ギャップの問題、特に女性のおかれている状況に目を向けます。
すべての人に公正で質の高い教育を長期的に提供すること、そして、ジェンダー平等を達成して女性の活躍を促進することは、それぞれ2015年の国連サミットにおいて採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の中で掲げられた、SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)の17の目標の一つです。女性の能力が存分に活用されることは、すべての人に有益であり、今後の世界の発展にとって不可欠です。アジェンダへの合意以来、国連加盟各国はジェンダー平等な教育機会の創出へ積極的に取り組んできました。
しかし、こうした各国の尽力にも関わらず、学習やその先にある就職の場において、女性が男性と公平な機会を得られているとは言い難い状況が未だに続いています。UNESCOの2017年時点のレポートによると、高等教育でSTEM関連分野に在籍する学生のうち、女性の割合は35%にとどまっています。特に、科学・技術・工学・数学といったSTEM分野は、伝統的に男性が優位なポジションを独占していることが多く、STEM分野への女性の参加拡大は急務に迫られています。
日本でもジェンダー・ギャップの問題は深刻です。経済協力開発機構(OECD)の調査によると、2019年時点で、加盟各国の大学など高等教育機関の入学者に占める女性の割合について、「自然科学・数学・統計学」と「工学・製造・建築」の理系分野で、比較可能な36カ国中、日本はいずれも最下位でした。STEM教育が日本で有効的に広く普及されるためには、ジェンダー・ギャップの解消にも同時に取り組んでいく必要があるのです。
なぜ、世界的に女性のSTEM分野への進出が遅れているのでしょうか?脳の構造と発達、遺伝学などの生物学的要因に関する研究によると、STEM分野における男女間の格差は、こうした生物学的要因や生まれつきの能力の差によるものではないことがわかっています。教育研究者からは、女性をSTEM分野から遠ざけてしまう要因として、社会化や学習プロセスの問題が指摘されています。
女性たちは、家庭や学校で周囲の人々の関わりの中でアイデンティティを形成していきます。その際に、それぞれのコミュニティが持つ女性に対する社会的・文化的固定観念に、少なからず影響を受けながら育っていきます。STEM分野は「男性的」であるという考えも、そうした先入観のひとつです。偏った見方に晒され続けた末に、実際はSTEM分野に対する高い能力を有していても、STEM以外のキャリアを選択する女性が増えるのです。また、STEM分野における女性先駆者が少ないため、新たにSTEM分野に挑もうとする女性が十分なメンタリングやキャリアコーチングを受けられる機会は限られています。こうして、益々多くの女性がSTEM分野から遠ざかってしまうのです。
それでは、STEM分野で女性がより活躍できる環境をつくるには、どうしたらいいのでしょうか?
複数の教育研究者が、STEM教育とSTEAM教育を区別する「A」の部分、つまり、Art(芸術・リベラルアーツ)の活用が、STEM分野への女性の進出を促すのに効果的であると指摘しています。ここでのArtは、美術や音楽といった所謂芸術分野も含みますが、言語や社会学、哲学、歴史などの教養を含む一連の学問分野も指します。STEM分野に比べると、Art関連分野に在籍する生徒は女性の割合が高いことが知られています。そのため、初等教育など学習の早期段階からSTEMとArtを分野横断的に学べる環境をつくることで、女性がSTEM分野に対しての抵抗を感じにくくなり、STEMのキャリアを選択しやすくなると考えられています。
また、参加型のカリキュラムは、女性生徒にポジティブな影響を与えると考えられています。創造的なアクティビティを通して科学や数学などに触れることで、STEM分野の学習へのモチベーションが向上することが期待されるのです。
このように、ジェンダー平等な教育の達成、そして、女性の活躍の促進のためには、Artを用い、包括的・参加型のカリキュラムを築くことが重要であると思われます。こちらのページでも紹介しているように、日本はArt領域の教育については、まだ十分な整備が行われていません。世界でも、STEMとArtそれぞれがカリキュラムに取り入れられている国・地域は多いものの、世界中でSTEAM教育が効果的に実践されているとはまだ言えないでしょう。STEMとArt教育を上手く取り込んだカリキュラムの作成、そして、生徒のみならず、教育者や保護者も一体となったカリキュラムの積極的な実践が、STEAM教育の成功に繋がるのではないでしょうか。STEAM教育の貢献によりジェンダー平等な社会が達成され、日本も世界も更なる発展を遂げる未来に期待を寄せましょう。
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(文:岡崎慈未)