2020.04.15│STEAMレポート

アカデミックな視点から見るSTEAM教育 東京大学山内教授とMakeblock Japan菊池氏

​ 2020年3月10日、東京大学 大学院 情報学環 山内研究室は、2020年4月1日よりSTEAM教育に関する研究を、Makeblock Co., Ltd.からの支援を受けて行うと発表しました。
※STEAM JAPAN でも当日に取り上げさせていただきました。

研究テーマは、主に下記の3点だそうです。
  a. STEAM教育の歴史・概念・実践の整理
  b. 日本の初等中等教育におけるSTEAM教育のカリキュラム的位置づけ
  c. STEAM教育・教材の評価方法の開発

 STEAM教育は、新しい教育潮流として日本においても注目を集めていますが、学習指導要領とどのように整合させていくのか、芸術の持つ創造的な側面をどうカリキュラムに統合するのか、授業をどのように評価するかなど、課題が山積の状況です。これから行われる研究の狙いや課題について、東京大学の山内教授とMakeblock Japan株式会社の菊池氏にお話を伺いました。

アカデミックな視点から見るSTEAM教育 -教育現場に役立つ研究を-

東京大学 大学院 情報学環 学際情報学府・教授
山内祐平氏プロフィール
 1967年愛媛県生まれ。大阪​大学​人間科学部卒業、大阪​大学​大学院人間科学研究科 博士前期課程修了。 茨城​大学​人文学部助教授、​東京大学​大学院情報学環准教授などを経て2014年から現職。​「学習環境のイノベーション」を研究テーマとしている。​ ​著書に「デジタル教材の教育学」(編著、東京大学出版会)、「学びの空間が大学を変える」(共著、ボイックス)、「デジタル社会のリテラシー」(岩波書店)、「『未来の学び』をデザインする―空間・活動・共同体」(東京大学出版会)など。

Makeblock Japan株式会社 カントリーマネージャー
菊池裕史氏プロフィール
 GoogleにてGoogle for Education 日本統括責任者として勤務した後、ソニー・グローバル エデュケーションにて、ロボット・プログラミング教材 KOOV の事業責任者として勤務。 NPO法人 Collable 理事および札幌新陽高等高校 CIO を兼任。 

Makeblock Co.,Ltd
Makeblock社 プロフィール 
 ​2013年に設立され、「中国のシリコンバレー」と呼ばれている深センに本社を構える。 現在、世界140を超える国・地域において事業展開をしている。25000を超える学校に対し てSTEAM分野で利用できるハードウェア、ソフトウェア、学習コンテンツを導入している。これまで、ドイツのIFデザイン賞、CESイノベーションアワード、レッドドット・デザイン賞、米国のIDEA Gold Award、日本のグッドデザイン賞など国際的な賞を多数獲得して いる。Makeblockは中国の中でも比較的早くSTEAM教育事業に着手、特に海外市場で業績 を上げている。​Makeblock Japan株式会社は、2016年にMakeblockの子会社として設立さ れ、日本市場の開拓と日本の企業とのビジネス協力を主要な目標として展開している。

Makeblock社が研究を支援すると決めた経緯・目指すものは?

 (菊池氏) ​Makeblock は​、2013年​に設立された​STEAM教育に​特化した​ソリューションプ ロバイダーです。​弊社が提供している製品で最も有名なのは mBot ですが​、現在までに100 万台を超える台数を世界中の学校や​ご家庭に向けて販売してきました​。​また、私たちが提供 している製品をよりよく学校現場で使って頂くために、授業用の教材や教員研修資料等も提 供しています。​さらに、子どもたちが学んだS​ TEAM教育の知識やスキルを発表し合える場 を提供することを目的として、Make X という大会を2017年より実施しています。このよう に、子どもたちがよりよく学ぶことができるような仕組みを、ハードウェア、ソフトウェ ア、コンテンツ、大会といった観点から作り上げています。
 ただし、STEAM教育を推進するためには、たくさんの課題があります。その中でも最も 大きな課題の1つは、「STEAM教育で​子どもたちは本当に学べているのか」​という疑問に答 えることです。ご存知の通り、国や地域によって先生の教え方や子どもの学び方は異なりま すので、世界展開を行なっている弊社のツールは様々なかたちで利用されています。その際 に、それぞれの国や地域で行われているSTEAM教育の中で、弊社の製品を上手く利用して いただくことが事業を行う上でも重要であると考えています。

 そして、 STEAM 教育を日本で盛り上げていくためには何が必要かということを考えた際 に、学習指導要領に STEAM 教育を位置づけることや、STEAM 教育の学習評価といった、 STEAM 教育に関わる基礎的な知見が足りていないのではないかというところに至りまし た。弊社は教材づくりを含めたモノづくりに関しては十分に自社内で推進していくことがで きると考えておりますが、先程述べたような領域に関してはアカデミックの力を借りたほうが良い結果が出せるのではないかと考えています。また、注目され始めたばかりのSTEAM 教育という分野の中で、​子どもたちは何をどのように学ぶのか、先生方はどのような​授業を 実施するのが良いのかといった知見を、最先端の領域で活躍されている山内教授の研究室と 一緒に集めることができればと考えています。本研究から得られた知見が日本の ​STEAM 教 育のさらなる​底上げに貢献する​ということが、私たちが本プロジェクトに期待している成果 です。

STEAM教育との出会い

 (山内教授) STEM教育はアメリカが国家政策​として​、産業競争力を維持するための方策 として昔から重視されてきたものです。日本では理数教育と言われていた時に、私はSTEM 教育と出会いました。
 私だけでなく多くの研究者がSTEMに関心を持っていましたが、​科学・数学・技術・工学 をうまく統合​するのは難しいと言われてきました。​その後、​STEM​をベースに「STEAM」という言葉が生まれました。この背景には、Artの背景にある創造性を重視する​という世界 的な潮流​があります​。​
 もともと創造的な活動を含むワークショップの研究をしてきたこともあり、STEAM教育に関心を持つようになりました。

​研究プロジェクトの概要​

a : STEAM教育の歴史・概念・実践の整理

 (山内教授) STEAM教育は研究者が作った言葉ではなく、実践用語と言えます。これは、初等中等教育における、STEM教育の発展版と位置付けられます。​ただ、この言葉は様々な文脈で言及されており​、それぞれの解釈が違うため、​支配的な定義はありません。​
 ​芸術も含む幅広い​リベラルアーツの大切さを説く方もいれば、問題解決やデザインを重視 するような方もおり、​大きく2つの​潮流が考えられます。​アジア・ヨーロッパ・アメリカな ど地域によって、​受け入れ方​も違って​います​。
 そうした中で、STEAM教育を定義するためには、歴史的文脈を理解することが重要になります。なぜSTEM教育にAが加わり、STEAM教育という概念ができたのかを整理することが必要です。

 研究の際には、言葉を厳密に定義することが必要不可欠になります。そのために、まずは文献や実際の取り組みを整理していきます。誰が何を大切に進めてきたのかを考えて、歴史的にどういう影響を与え合っているのかを整理して​いきます​。 最近日本ではSTEAMいう言葉が多く出回っていますが、言っている人によって概念が異なります。​前提の立ち位置が不明瞭なままですと​、対話が促進されなくなってしまう可能性 があります。どのような立ち位置の中で、研究や実践を進めているのかをマッピングできる ように整理していきたいと思っています。

b : 日本の初等中等教育におけるSTEAM教育のカリキュラムの位置付け

 (山内教授)研究テーマのaをこういう方向で進めて行くと、今回の研究プロジェクトの仮説的な立ち位置が決まってきます​。ここから、学習指導要領と対応させ、カリキュラムにどう組み込むかという新たな課題が生まれます。
 日本は教科がはっきりと別れていて、教科を越境するのが難しい面があります。これを可 能にできるかどうかが大きな課題です。「誰が担当するのか」、「どう評価するのか」など の問題も表面化しますが、そもそもSTEAMは教科横断的なものです。
 小学校でSTEAMを当てはめると算数・理科、さらにAの要素を芸術と捉えると図工になると思います。もしくはAを教養と大きく捉えると、国語や社会も入ってきます。そうするとかなり多くの教科をクロスしなくてはいけません。これが決まったら、具体的にどの教科を軸にして、どの教科を束ねて行くか、といっ たことを議論​する必要があります。また、授業の中にどう位置付けられるかを小中高​校種別に​検討していく必要があります。

c : STEAM教育・教材の評価方法の開発

 (山内教授) 研究項目のaやbが決まると、具体的な授業の形を検討して​いきます。 授業案を考える​際には​、海外の授業などを参考に、日本に合ったものを先生方と一緒に作り上げていきます。
​ 授業を開発する際に重要な視点として、評価と教材の問題があります。「教育目標に対して何をどう評価したら良いのか」という、評価方法の問題はいつも出て きます。​STEAM教育の目標​はペーパーテストでは測れる能力ではありません。活動の中で 評価する方法もあれば、第三者がテストのような形で評価するものもあると思います。 一般的にはカスタマイズできるルーブリック型の評価方法が有力かと考えています。

 次に教材についてですが、Makeblock社さんのお力をお借りして、具体的な教材の開発や 活用方法も考えていきます。多種多様な教材を子どもたちのためにどう有効活用するのか、 それらの教材によって学習がどのくらい支援されるのかなど、これらは研究の中で1つの大 きなトピックになります。

 STEAM教育の概念を整理した後、カリキュラムを位置付け、教材や評価開発までを2年間で研究していきます。研究に関しては同時進行で行い、研究の成果は随時公開していく予定です。東京大学での学会発表や教育関係者向けのガイドブック作成も考えています。大事なのは、日本独自のSTEAM教育の研究であり、現場に役立つ研究にすることです。 それは、現場に必要なものの研究です。学校の先生や企業の方が自立的に動いて、やりたいと思ったことを実践できるような研究をしたいと思っています。

STEAM教育のひろがり

 (菊池氏) 会社としてビジョンに掲げているのが ”ものづくりを​楽しむ人を​サポートを する”と​いうことです​。私たちの会社では、人が頭の中で想像しているものを実際に作り出 すときに必要になる要素が”STEAM”であると考えています。科学のS、技術のT、工学のE、 数学のM​はモノづくりを行うために重要な観点で、芸術のAに関わるアートやデザインは自 分がつくったものを表現する、人に伝えるという観点で重要であると思っています​。

 (山内教授) STEAMといっても全ての教科領域を超える訳ではないです。プロジェクト 学習​の中に​、科学や技術、芸術など、人類が培ってきた​英知をどう統合していけるのかが、 個人的には興味があります。
 高度なプロジェクト学習の中に、教科の知見をどのように統合していくのか。そこを日本の教育の今後の課題として、考えていきます。

 STEAMだけが今後の日本の教育の未来だとは考えていません。STEAMの中でも重点的なものと重きが弱いものとあり、全ての領域をカバーしている訳ではありません。
 理科・数学・工学は相対的に文化的親和性を持っています。それに対して、アートは異質なもので、これを加えた教科越境的な学習ができれば、他の教育内容への越境もできるはずで、ある種のテコ​になります​。 新しいタイプのプロジェクト学習として、日本に根付くように努力していきたいです。

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