大田区の独自教科『おおたの未来づくり』の立ち上げから今後の展望

変化し続ける社会に対応するためには、教育にも変化が求められています。大田区では、独自教科「おおたの未来づくり」を通じて、地域の多様性を活かしながら創造力を育む先進的な取り組みを進めておられます。また、先生方と企業が直接つながるポータルサイトを活用し、地域との連携を深められるように、新しい取り組みを実践されています。
今回は、「おおたの未来づくり」の立ち上げを担われた大田区教育委員会 指導課の秋山亮氏に、ポータルサイトの構築にも関わったSTEAM JAPAN編集長の井上が、お話を伺いました。

大田区教育委員会 指導課  統括指導主事 秋山 亮氏

大田区の独自教科『おおたの未来づくり』立ち上げの背景・経緯

井上
本日はよろしくお願いします。今、全国各地で探究、STEAM的な学びの独自教科立ち上げが増えてきていると思います。その中でも、全国的にも先進的に取り組まれている大田区の「おおた未来づくり」について本日は色々とお話を伺えたらと思っております。まずは、大田区の独自教科「おおたの未来づくり」立ち上げの経緯をお伺いできますか?

秋山氏
 はい、よろしくお願いします。そもそも大田区は昔から工業が盛んな地域で、東京23区内でも最も多くの工場が集まっているエリアです。オンリーワンの技術をもつ工場も多く、ものづくりの街としての特色が強く認識されています。これまでも、工場見学や体験を通じて、地域の特色を学ぶ教育が推進されてきました。実際に、年に一度、「ものづくり教育学習フォーラム」というイベントも開催しています。

そして、今回の「おおたの未来づくり」は、これまでの教育をさらに前進させ、ゼロから一を生み出す創造力を育てることが重要だと考えて立ち上げられたものです。当初は「未来ものづくり科」という名称でしたが、研究と実践を進める中で、地域の多様性をもっと生かす必要があるという課題が浮上しました。その結果、「おおたの未来づくり」という名称に変更し、ものづくりだけでなく、地域の創生にも力を入れることになりました。

井上
地域の特性と、これからの時代に必要な資質能力を掛け合わせた教育を、というのがそもそもの立ち上げの想いにあられるんですね。ぜひ、独自教科の具体的な取組の事例や、現状の分類(ものづくりと地域創生)に定められた経緯についてもご共有いただけたらと思います。

(出典:おおたの未来づくりポータル)
(出典:おおたの未来づくりポータル)

秋山氏
最初は「何をするのか」という具体的な形が見えていませんでしたが、実際に取組を進める中でこどもたちが企業などの外部の人材に提案を行う、というだけでも非常に盛り上がる様子や、ICTを活用したプログラミングや地域づくりに対する意欲的な姿勢も見ることができました。多様なアイデアが出てくる中で、それらをどのように整理するかが課題となりました。

最終的には「ものづくり」と「地域創生」の二つの大きなカテゴリーに分ける形にしました。もともとは「ものづくり」のみに焦点を当てた取組でしたが、「ものづくり」という言葉の意味が非常に広範で、サービスの提供や地域の発展にもつながる広い視点が必要だと感じました。単に何かを作り出すことと地域を活性化する取組では視点が異なるため、この二つのカテゴリーが自然と生まれてきた形になります。

「地域創生」については、まずは「地域を盛り上げる」というコンセプトで取り組めば、理解しやすくなると考え、この言葉を選びました。
「ものづくり」は、「新しいものを作ること(ないものを生み出すこと)」と、「地域創生」は、「既存の取組を盛り上げること(あるものを最大化させること)」という二つの軸で説明することで分かりやすくなったかなと思っています。

井上
なるほど、取組が進む中での自然な展開だったのですね。この独自教科の取組に対し、先生方の実際の反応はいかがでしたでしょうか。新しい取組 、というだけで色々な声が届くこともあるかと思いますがその辺りも含めお話伺えたらと思います。

秋山氏:
そうですね。教育現場では新しい取組に対して抵抗感をもつ先生方が最初はいるかもしれません。特に、これまでの教え方とは違う役割を求められる点が大きな変化となっています。
ですが、この「おおたの未来づくり」の取組に関しては、私自身は非常にうまくいくと確信しています。その理由の一つが、こどもたちのやる気と反応が非常に良いことです。教育現場では、新しい取組を進めることがなかなか難しいところもありますが、実際にこどもたちが積極的に参加し、やる気を見せていると先生たちもやる気になっていただけるという良いサイクルが生まれます。先生方も、こどもたちのために仕事を選んでいますので、こどもたちの反応が良いと、自ずと前向きに取り組んでいくものですよね。

また、この取組が始まった時期に「令和の日本型教育」を目指す方針が示され、個別最適な学びと協働的な学びを充実させることが求められました。この方針に対しても、「おおたの未来づくり」は非常にマッチしていると考えています。
例えば、商店街のPRプロジェクトを進める際、こどもたちはそれぞれが得意な分野で分担し、チームワークを発揮しています。一人はイラストをPCで作成し、別の子はアンケートを集計・分析し、さらに別の子は原稿を書いたりプレゼンテーションを作成したりしています。個別の学びが自然とチームワークに結びつく、このような姿が見られるのです。教師が適切に介入し、学びを共有させたり、次のステップに進むための調整をしたりします。

この指導方法は、従来の知識を教えるスタイルとは大きく異なりますが、「おおたの未来づくり」を通じて、新しい教育スタイルやそれを通じた資質・能力を身に付けることができるのです。この取組を通じて、普段の授業も変わっていくと思います。

『おおたの未来づくり』で特に重視されている点

井上
いい流れ、サイクルが出来ているということがお話からもよく分かりました。さて、「おおたの未来づくり」の取組の中で、特に重視されているポイントは何でしょうか?「総合的な学習の時間」との違いなども聞かれることも多いかと思いますが、そのあたりなども。

秋山氏
そうですね。「おおたの未来づくり」と「総合的な学習の時間」との違いについて、よく質問されることがあります。我々大田区では、「コンセプト」という言葉を鍵として、これらの違いを整理しています。

「総合的な学習の時間」は、児童自身が課題を設定し、その課題を解決していくことが中心です。しかし、「おおたの未来づくり」では、相手からの依頼や相談を受けて取り組むということが求められます。つまり、「総合的な学習の時間」は児童自身の課題に焦点を当てていますが、「おおたの未来づくり」では、相手の立場に立ったコンセプトが重視されるのです。この違いを意識することで、取組の方向性が明確になりました。

井上
確かに、「相手の立場に立ったコンセプト」重視の流れは、実際のビジネスのスキームに近いですね。まさに、実社会とつながることを強化していくような独自教科設定と感じます。

秋山氏
そうですね。この学習のもう一つの特徴は、完成したものを外部の方に見てもらったり、使ってもらったり、評価してもらったりすることをゴールに設定している点です。これは「ものづくり」の初期段階からイメージしていたことで、相手の立場に立って作り上げるという意識を常にもって進めてきました。

最初から、こどもたちの学びが学校内で完結するのではなく、プロの方や現場で実際に活動している人々に見てもらったり、地域に出て発表したり、さらには実際に販売するところまでもっていきたいと考えていました。このように、実社会とつながる実践を重視することで、学びの質が高まると考えています。

大田区の実践事例紹介ページ(出典:おおたの未来づくりポータル)

こどもたちに身につけて欲しい経験やスキルとは

井上:
「おおたの未来づくり」では、実践的な学びを通じて具体的にはどのような経験やスキルをこどもたちに身につけてほしいと考えていますか?実際に授業で印象に残っている場面などもあれば、お伺いしたいです。

秋山氏
授業を見ていて、特に印象に残ったことがいくつかあります。

こどもたちが普段とは違う反応を見せたり、普段はあまり積極的でないこどもが、この時間になるとイキイキと活動する姿を見せたりと、実社会で活躍するプロの方々との接触が、彼らにとって大きな刺激になっていると感じます。
特に、最終プレゼンテーションでプロの方から「ここは良いね」と評価された瞬間のこどもたちの表情は、他の授業ではなかなか見られないものでした。プロの方々や地域の方々に自分たちの成果を認めてもらえる経験は、こどもたちにとって非常に貴重なものです。
企業の方々には、こどもたちだからといって優しくするのではなく、足りない視点や改善点を率直に伝えてもらうようお願いしています。そのうえで、最後には頑張ったところや良かったところをリアルに評価していただくことで、こどもたちの自己肯定感や自信につながると考えています。こうした経験が、こどもたちの将来において、社会に出る際の大切な自信になると思います。

井上
確かに、親や先生以外の第三者の大人と触れ合う機会は、こどもたちにとって非常に貴重ですよね。しかも、その第三者がプロフェッショナルであったり、さまざまな分野の専門家であったりすると、こどもたちの視野が大きく広がります。ICTを活用すれば、さらに地域にとどまらず、全国、さらには海外にまで広がる可能性もあるのではないかと感じています。

秋山氏
まさにその通りです。地域にとどまらず、外部の企業や海外の人々にも評価してもらうことで、こどもたちの視野を広げることができます。実際に、外資系企業の参画や海外の専門家を招いて、グローバルな視点を取り入れる取組も進めています。一方で、地域の問題やローカルな課題にも目を向け、そのバランスを取ることが重要だと考えています。

井上
そのようなローカルとグローバルのバランスや、アナログとデジタルの融合も、今後の教育で重要なテーマになると思います。特に、「おおたの未来づくり」では、さまざまな要素を取り入れた新しい学びの形を目指していますよね。

秋山氏:
地域の創生や最先端技術の学びを、「ものづくり」という言葉で先生方にも分かりやすく伝えることを心がけています。最先端の技術やアイディアを学び、地域でどのように適用できるかを考えることで、こどもたちの学びが地域の発展にもつながると考えています。

教育現場の課題と展望について

井上
秋山さんのように教育委員会のお立場から見るこの独自教科の現状や、課題点についてもお伺いできたらと思います。

秋山氏
この事業は2校からスタートし、徐々に広がり現在30校となりました。大田区は非常に広く、小学校と特別支援学校を合わせると60校もあるため、一斉に始めるのは極めて困難でした。そのため、しっかりと説明を行い、進め方のロードマップを示しながら、進行できるように心がけてきました。

また、先生方の異動があるため、常に新しいメンバーが加わることもあります。そのため、理解の基盤をしっかり作り上げるのには時間がかかりました。指導の手引きを作成したり、動画を使った指導、研究校の拡大、エリアごとの研修などを行い、多くの先生方に「こう進めていけば良いんだ」という見通しがもてるように取り組んできました。

昨年度は、渋谷区の皆様が本区の学校に視察に来られました。本区の独自教科の実施に向けた取組については、今年度から「シブヤ未来科」をスタートしている渋谷区教育委員会の皆様も参考にしてくださっています。今後も、他の自治体のモデルとなるように推進していきたいと考えています。

今年度は全面実施の準備として、ポータルサイトを活用したオンデマンド研修を行い、小学校の全教員に理解が広がるように取り組みました。研修の難易度が高いと感じる学校もありましたので、今後も、学校の希望に沿って指導主事が訪問をするなどサポートを強化していく必要があると感じています。

教員向けの研修動画(出典:おおたの未来づくりポータル)

保護者の声と今後の教育の展望

井上
こうした独自教科に対する保護者の反応についてもお伺いしたいと思いますが、実際にどのような声が寄せられていますか?保護者の方々も専門スキルをお持ちの方々も多いですので、最近だとどのように協力体制を取っていくか、というようなことも出てきていますよね。

秋山氏:
そうですね、現状では保護者の声がまだ十分に集まっていないのが実情ですが、PTAを通じて一定の反応はあります。最近、直接説明に伺った際には、特に地域貢献や新しい発信に対する期待が大きいと感じました。
地域が学校や教育に参画するコミュニティスクールの取組も進んでおり、地域の方々は自分たちの経験や知識をこどもたちに提供したいと考えている方が多いです。保護者の声には、心配よりも期待が多い印象を受けていますし、これからも地域と連携しながら、今後の取組を進めていくことが重要だと考えています。

井上
保護者のみならず企業や団体、専門家などとの繋がりが本当にキーとなってきていると思います。他自治体でも先進的な取組を進めたいという声があり、自治体同士で連携協定を結んで進めることも考えられますよね。ぜひ、地域間での知識やデータの共有が進み、より効果的な教育の実現ができたらと思いますし、我々も違う立ち位置からにはなりますが何かしら一助となれればなと思っております。最後に、秋山さんの個人的な想いも一言お聞かせください。

秋山氏
こどもたちが社会に出た時に「学校で学んだことと全然違う」とならないよう、実社会で即戦力となるような考え方やスキルを身につけていくことや地域に根ざした学びを提供し、持続可能な社会を作る担い手を育てていくことが大切だと考えています。こうした理念が広がっていくことは非常に良いことだと思っていますし、国レベルで推進されるべき取組だと考えています。東京都もSTEAM教育を推進していますが、同様に、全国的にこの流れが広がることが望ましいと、個人的にも感じています。

教育の内容が、令和の時代に即したものに進化していくことは必ず必要です。教育の現場が進化し、授業のスタイルも変わっていくことで、より良い教育を提供し、こどもたちの未来に繋げていきたいと思っています。

秋山さん、お話ありがとうございました!

今後も、先進的な取組を進めていく大田区を、ぜひ皆さんご注目ください!

関連サイト

おおたの未来づくり公式サイトhttps://ota-mirai.city.ota.tokyo.jp/

大田区教育委員会委員会https://www.city.ota.tokyo.jp/kyouiku/