【美馬のゆりさんインタビュー】AI時代に問われる共感性と創造性

AIやテクノロジーの進化にともない、教育の現場では何をどう学ぶべきかがますます問い直される時代になっています。そんな中、STEAM JAPAN編集部では、学習環境デザイナー/学習科学者としてご活躍されながら、2024年に出版された『AIの世界へようこそ』の著者でもある美馬のゆりさんにインタビューを実施。「共感性と創造性が大事」と語る美馬さんの視点から、AI時代を生きるために必要な力についてお話しいただきました!

美馬 のゆり(ミマ・ノユリ)氏
学習環境デザイナー/学習科学者
公立はこだて未来大学システム情報科学部 教授
日本学術会議 第26期・第27期会員
東京大学大学院情報学環 客員教授 電気通信大学 監事   代表著作:『AIの世界へようこそ: 未来を変えるあなたへ』(Gakken)、『AIの時代を生きる: 未来をデザインする創造力と共感力』(岩波書店)、『未来を創る「プロジェクト学習」のデザイン』(公立はこだて未来大学出版) 、『学習設計マニュアル』(北大路書房) 、『The Challenge for Higher Education Reform in Japan by Seven Samurai. In S. Cheung et al. (Eds.) Blended Learning: Enhancing Learning Success. ICBL 2018. Lecture Notes in Computer Science』(Springer)、『理系女子的生き方のススメ』(岩波書店)、『「未来の学び」をデザインする―空間・活動・共同体』(東京大学出版会)、『不思議缶ネットワークの子どもたち―コンピュータの向こうから科学者が教室にやってきた!』(ジャストシステム)。

AIの“その先”を子どもたちと考える『AIの世界へようこそ』

井上:ちょうどイベントご一緒させていただいた際に、美馬さん著書『AIの世界へようこそ』についてお伺いさせていただき、今の時代に非常に重要な本であると感じました。どのような想いで、こちらの本のご執筆されたのか、背景などについてもぜひ教えてください。

美馬さん:これまでにもAIに関する本はいろいろ出ていますが、大人向けのものが多く、内容としては「AIの歴史」や「技術的な仕組み」「社会でどう使われているか」といった基本的な話が中心なんです。でも、私が本当に伝えたかったのはその“先”のこと。AIを知るだけでなく、「この先どう生きていくのか」「AIと共にある社会で、私たちはどう在るべきか」という問いに向き合ってほしかったんです。この本では、AIのリスクや、テクノロジーがもたらす影響、そしてそれに対して私たち人間がどんな選択をしていくべきかについても書きました。当時はまだ社会的にも「AI=明るい未来」のような楽観的なムードが強くて、リスクの側面が語られることは少なかったんです。でも研究者の視点から見ると、「これはきちんと伝えなきゃ」と思いました。AIは便利でパワフルな技術ですが、すべてを解決してくれるわけではありません。じゃあ何が人間に残されているのか?これから私たちは、何が大切でどんな社会にしたいのか?そういったことを子どもたちと一緒に考えるための一冊にしたかったんです。

出版月        2024年08月

出版社        Gakken

著者            美馬のゆり

概要            単行本、全104頁

AI時代にこそ求められる “データに現れないもの”を感じ取る力

井上:AIの本でありながら、次世代への大きなエールをとても強く感じられる構成になっていて、読んでいて胸が熱くなりました。書籍内では、AI時代だからこそ大事にしたいというところで “身体感覚”について触れていますが、そちらについても詳しく教えていただけますか。

美馬さん:AIには身体がありませんし、意識というものも持っていません(もちろん「意識」の定義にもよりますが)。AIはあくまで、データに基づいてアルゴリズムが判断を行う仕組みです。

たとえばSTEAM教育でも、「さまざまなデータを集め、AIが統計処理をして『あなたにオススメなのはこれです』『みんながやっているのはこれです』と提示する」といった仕組みがありますよね。最近ではアダプティブラーニングといって、「あなたはここまでできたから次はこれ」と、まるで先生のように学習を導くシステムも登場しています。でも、ここに大きな問題があります。“データに現れないこと”は、存在しないことになってしまうのです。

たとえば、本の中でも触れましたが、「料理を食べること」にも、AIでは捉えきれない要素がたくさんあります。AIは、これまでに食べたものや訪れたレストラン、好みの傾向を学習して「あなたはこれが好きそうです」と提案するかもしれません。でも、「誰と食べるか」「どんな気持ちで食べるか」「その時に漂っていた香りや空気」はどうでしょう?ある有名シェフが、「これは小さい頃、父とキャンプで焚火をした時の香りを再現した料理です」と語っていたことがありました。あるいは、「春になると母と一緒に野草を摘みに行った時の香りを再現しました」と。その料理には、ただの「味」や「食材」ではなく、記憶、香り、感情、そして“誰かと過ごした時間”が込められているのです。どんなにAIが進歩しても、そうしたものを完全にデータ化することはできませんし、そもそも人が人として感じる体験の豊かさを数値に置き換えることには限界があります。

さらに言えば、「痛み」や「違和感」もまた、身体を通してしか得られない感覚です。たとえば、転んで痛い思いをしたことがある人は、けがをしている人を見たときに自然と寄り添う気持ちを持つことができる。そうした“共感”や“気づき”は、身体で体験したからこそ育まれるものだと思うんです。だから私は、すべてをAIに任せるのではなく、人間だからこそ持っている“感じる力”を、大切に育ててほしいと思っています。

オンラインインタビューの様子

不思議だなと思ったら、立ち止まって考えてみる

井上 書籍を通して、「あなた自身が未来を変えるチェンジメーカーになれる」という力強いメッセージを感じましたが、普段から公立はこだて未来大学の学生さんたちにもこのようなメッセージを伝えられていらっしゃるのでしょうか?良い環境だなと思いました。

美馬さん:言葉として「チェンジメーカーになろう」と強調するわけではないけれど、学生たちと一緒にNPOを立ち上げたり、外部の学校と連携して支援をしたりと、日々「自分にできることから動いてみる」ことの大切さは伝えています。ただ、行動だけが目的になってはいけなくて、「何のためにそれをやるのか?」という問いを忘れないようにしています。教育はとても大切で、必要なことも山ほどありますが、リソースは限られているし、やみくもに動いても長続きしません。だからこそ、自分たちの“ミッション”を明確に持ち、それに照らし合わせて行動を選んでいくことが大切だと伝えています。

実は『AIの世界へようこそ』よりも前に出版した本『理系女子的生き方のススメ』にも、同じメッセージを込めています。この「理系女子“的”」というのは、性別や分野を問わず、誰にでも当てはまる姿勢のこと。年齢や立場に関係なく、「変だな」「不思議だな」と思ったときにちゃんと立ち止まり、「なぜ?」と問い、必要なら「変えてみよう」と一歩を踏み出す力です。たとえば、「どうしておもちゃ売り場では、女の子用がピンクばっかりで、男の子用が黒や青なの?」「どうして“ごはんを作るのは女の人ばかりなの?」そうした“当たり前”に疑問を持ち、「じゃあ自分が変えてみよう」と思うことが、チェンジメーカーの第一歩なんです。一人ではできなくても、声にしてみることで仲間が集まり、少しずつ変えていけるんです。

最近では、若い世代の声が社会を動かす場面も増えていますよね。たとえば「この校則、おかしくない?」という声が集まって、「ブラック校則」として問題提起され、実際に変わってきている。SNSやオンライン署名など、行動を後押しする仕組みが今はたくさんある。だからこそ、「変だな」と感じたことをそのままにせず、まずは言葉にしてみることが大事なんです。

「最適化」ではすくいきれない声の存在

井上:確かにそうですね。ジェンダー格差の問題は長年指摘されてきていますが、なかなか本質的な是正が進まない現状もあります。STEMやSTEAMの分野におけるジェンダーや多様性について、美馬さんはどのようにお考えでしょうか?

美馬さん:AIのような技術が社会の中に入ってくるとき、誰がそれをつくるのか、誰が関わるのか、ということがとても大事になってきます。技術の設計段階から、多様な視点を持つ人たちが関わっているかどうかが、社会に与える影響を大きく左右するからです。AIはしばしば、「人を幸せにするための技術」として扱いたいと語られます。けれど、その“幸せ”とは何かを決めているのは、誰なのでしょうか?AIの設計には、功利主義的な「最大多数の最大幸福」という考え方が潜んでいることがあります。つまり、「みんなのために最適な選択を」という名のもとに、統計的な“正しさ”や“効率”が優先され、少数派の声が見えなくなることがあるんです。たとえば教育の分野では、「個別最適化の学び」といった表現が使われることがあります。でも、“最適”って誰にとっての最適なのか?本当にそこに向かうルートは一つしかないのか?遠回りすることで得られる学びや気づきもたくさんあるのに、それが見落とされてしまう。そして、統計に表れにくい小さな声や、声を上げられない人たちは、見過ごされてしまいます。でも、実はそういった小さな声の中に、新しい価値観や可能性の種があるかもしれない。だからこそ、AIを設計する段階から、そういう多様な視点が必要なんです。

AI開発やルールづくりの場には、さまざまな立場の人が関わるべきだと思っています。たとえば、研究者や技術者だけではなく、法制度をつくる人、政策を決定する人、企業のマーケティングを担う人──みんなが、ジェンダーや年齢、文化的背景を超えて、異なる背景を持つ人たちが、それぞれの視点からフラットに声を届けられる場が必要です。いろんな人たちが集まって、アイデアを出し、楽しみながら新しい社会を形づくっていく。それが、これからの時代に必要なかたちなんじゃないでしょうか。

今、私たちに必要なのは「共感」と「創造」から始まる学び

井上:多様性は大きなキーワードですよね。多様な学びも広がっているのも日々肌で感じています。これからの時代に必要な教育の在り方について、美馬さんはどのようにお考えですか?

美馬さん:教育というのは、社会がどんな未来を目指すかによって、その方向が変わっていくものです。アメリカやヨーロッパなどでも、社会の変化に応じて教育が見直されてきました。日本もまた同じで、いま私たちはまさに激動の時代の真っただ中にいると感じています。生成AIの登場、世界的な自国主義の台頭、分断の広がり…。こうした中で、私はSTEAM教育は非常に重要だけれど、それだけでは足りないと思っています。データ駆動型の考え方は必要です。でも、今求められているのは、データには現れない声や存在にどれだけ目を向けられるかという、人間としての根本的な力です。たとえば、世界中で起きているさまざまな人道的な問題──ガザで起きていること、声の小さな人々が直面している課題──そうした現実に、ただ同情するのではなく、共感し、そこから行動へつなげていく力が必要です。

私が大切だと思うのは、「共感性と創造性」です。問題を見つけ、テクノロジーを活かして社会に新たな仕組みや制度を生み出していく。そのためには、“人の痛みに気づく共感性”と、“社会を変える力としての創造性”が両輪にならなければいけません。そしてもうひとつ、大切なのはクリティカルシンキング(批判的思考)です。例えば、SNSで流れてくる情報や、おすすめされる動画。「なぜこの動画が自分に表示されるのか?」「この情報は誰がどう選んで届けているのか?」といった問いを、自分で立ち止まって考える力。情報の洪水の中にあって、AIが生み出すフェイクや偏ったアルゴリズムに振り回されないために、「ちょっと待って」と立ち止まれる力が必要なんです。そして、正解がない問いに対して、いろいろな人と対話し、さまざまな視点を知り、自分なりの立場を見つけていく。それは、AIや生殖医療、気候変動、ナノテクノロジー、遺伝子組み換えといった、いま世界が直面しているリアルなテーマと向き合う力にもつながります。どれが正解ということではなく、自分はどう思うのか、そこから始まると思うんです。そのとき、他にどんな意見があるのか、どんなエビデンスがあるのか、研究はどの方向に進もうとしているのか。そうした情報に目を向けた上で、“じゃあ私はどうしたいのか”と考えていく力が、今の時代には本当に大切です。

AIを使う前に、考える力を育てることを忘れずに

井上:自分はどうしたいかを自分自身で考え、伝えられるようにすることは子どものみならず大人も大切ですよね。そうした意味で、学校現場でもAIの導入が進む中で、先生方もどう授業に取り入れるべきか模索している様子をよく耳にします。先生方に向けて伝えたいメッセージがあれば教えていただけますか?子どもに対してなども、もしあればお願いします。

美馬さん:AIを使う・使わないという議論の前に、まず大切にしてほしいのは、“考える力”を育てることです。今の時代、AIが便利に答えを出してくれる分、人間自身が考える機会をどんどん手放してしまう危険性があります。自分で疑問を持たず、与えられた情報にそのまま従ってしまう。そうやって、知らず知らずのうちに思考停止に陥ってしまうのが一番怖いことなんです。

AIを使ってはいけないと言っているわけではありません。むしろ、どんどん使ってください。ただし、それは“仕組み”をある程度理解したうえで使うことが前提です。たとえば、AIは与えられたデータに基づいて判断します。だからこそ、データに偏りがあると、おかしな結論にたどり着いてしまう。そうした“違和感”や“ゆがみ”に気づくことが大切で、それを授業の中で扱ってほしいんです。AIを活用したプログラミングや探究学習でも、「このデータの前提は正しいのか?」「この答えは本当に妥当なのか?」と、問い直す視点が不可欠です。単なる“ツールの使いこなし”ではなく、使う目的や背景までを考えること必要です。今は、子どもたちも先生たちも、私たち研究者も、みんなが同じスタートラインに立っていると思うんです。突如登場したツールに対して、私たち一人ひとりが試行錯誤しながら向き合っている。だからこそ、“間違ってもいい”“まずやってみる”という姿勢が大切です。気づいたことはぜひ、周りの先生やコミュニティと共有していってください。一人でできることには限界があります。だからこそ、つながって、学び合うことが、これからの教育のカギになると思います。

AIが急速に進化する今、教育においても“便利なツールを使いこなすこと”が重視されがちです。けれど本当に大切なのは、自分の頭で考え、問いを持ち、他者と共に未来をつくっていく力なのかもしれません。美馬のゆりさんのインタビューから、テクノロジーの先にある“人間らしさ”の重要性を、改めて考えさせられる時間となりました。