2024.11.06│実践!STEAM

【進化する遠隔教育】大分県から広がる新たな学びのかたち

少子化が進む日本、特に地方自治体における教育現場は、急速に変化しています。そうした中、STEAM教育を先進的に取り組んでいる大分県では、新たな教育手法として遠隔教育の導入も進めています。今回は、大分県教育庁 高校教育課 遠隔教育推進班の釘宮隆之氏に遠隔教育の現状と今後の展望についてお話を伺いました!また、大分県の遠隔教育に携わるネットワーク運営協議会委員 信州大学名誉教授東原義訓氏にもその重要性についてコメントをいただきました。地域の課題にどう向き合い、未来を見据えた教育をどのように実現していくのか、その具体的な取り組みに迫ります!

大分県教育庁 高校教育課 遠隔教育推進班 釘宮隆之氏

信州大学名誉教授 東原義訓氏

人口減少と教育の現状

釘宮氏:まず、遠隔教育の話をする前に、地方自治体が直面している人口減少の状況についてお話ししたいと思います。今年のデータによると、大分県では1年間で6259人しか子どもが生まれませんでした。これは1899年の統計開始以降の最低記録で、12年連続で人口減少が更新されています。合計特殊出生率も1.39と過去最低となりました。全国的に見ると都道府県別の順位で大分県は上位12番目ですが、それでも現実的には厳しい状況です。子どもたちの数は大幅に減少しており、10年後にはさらに減少が予測され、このままいくと、大分県内の高校生の数も急激に減少します。これは大分県だけが直面しているわけではなく、全国で同時に起きている問題です。この社会的な変化の中で教育が果たすべき役割を考え、どのような新たなアプローチが必要か模索されています。

大分県全体としては、今の課題に応じた新しい教育の取り組みが求められており、3月に「大分県立高等学校未来創生ビジョン」を発表しました。このビジョンでは、高校の統廃合は検討せず、現行の学校規模を維持するという方針を打ち出しています。具体的には、令和6年から10年間は高校の統廃合を避け、遠隔教育などを活用して学校を維持する考えです。例えば、1学年あたり4学級の基準を維持しつつも、遠隔教育の可能性を考慮して、適正な学校規模の再検討を柔軟に行っていく方針が示され、遠隔教育の重要性が増してきています。

文部科学省が示した遠隔教育の新しい枠組み

釘宮氏:遠隔教育の広がりは、国の方針も影響しています。遠隔教育の新しい仕組みでは、数学の授業を例にとると、受信側の教室には必ずしも数学の先生がいなくてもよく、体育の先生や国語の先生でも対応できるように法律を改正しました。この法律改正は非常に画期的なものでしたが、あまり広まらなかったのも事実です。理由としては、遠隔授業を受ける学校が、小規模で教員不足が問題となっている地域の学校であることが多く、教室に先生がいたなら 、その先生が直接授業をすればよいのではないか、という声があり、あまり効果的に制度が活用されなかったみたいです。

遠隔授業の分類

東原氏:遠隔授業について、文部科学省は次の図のように整理しています。合同授業型や教師支援型は主に小中学校における遠隔授業の形態として発展してきました。高等学校の遠隔授業の在り方が検討され、正規の授業として制度化されるなかで「教科・科目充実型」が新たに定義されました。

<遠隔教育の主な種類>

出典:文部科学省, 高等学校における遠隔授業[教科・科目充実型], https://www.mext.go.jp/content/20210514-mxt_koukou01-0000007812_01.pdf

コアハイスクールネットワーク構想と特例措置

釘宮氏:こうした状況を受けて、国は「コアハイスクールネットワーク構想」を立ち上げ、大分県を含む13の地域がこの構想に参加し、この中で特例措置が導入されました。その特例措置とは、受信教室に教員免許を持たない人、例えば事務職員やスクールサポーター、ICT支援など学校長の管理下にある職員であれば、受信教室の対応ができるというものです。これにより、教員免許がなくても授業を支援できる体制が整い、単位認定も可能になったのです。この措置は、教員不足が深刻な地域にとって大きな変革となりました。この取り組みの成果を受け、2023年8月に中央教育審議会が文部科学省に対して全国展開を提言し、さらに、審議会では「教師や職員が教室に立たなくても授業が成立する状況」も研究するよう提言されています。これは、遠隔教育のさらなる発展に向けた一歩と言えます。

大分県の遠隔教育の具体的な取り組み

釘宮氏:さて、ここからは大分県の現状と、具体的にどのような取り組みを行っているかについてお話しします。まず、生徒数の減少に伴い、地域の学校ではクラス編成が厳しくなっています。1クラスの中に、学力の高い生徒と、中学校の復習が必要な生徒が混在することも多く、授業内容の設定が難しくなってきている現状があります。生徒数の減少に伴って、教員数も減少しており、これがさらなる問題を引き起こしています。たとえば、芸術科目では美術や書道の授業を開設できない学校も出てきていますし、数学や英語の授業でも、生徒の理解レベルに応じた習熟度別指導ができないことが明らかになっています。

これらの課題を解決するために、大分県では「大分県立高等学校未来創生ビジョン」に基づき2つのタイプの遠隔教育システムを導入しています。

1つは「学校間連携方式」で、これは国の研究事業の一環として行われているものです。たとえば、福祉や商業、農業といった専門科目は、特定の学校にしか専門の教員がいないため、これまでその科目を学ぶためには生徒がその学校に通う必要がありました。しかし、学校間連携方式を利用すれば、自分の通っている学校から遠隔で専門科目を受講できるようになるのです。

もう1つは「配信センター方式」で、大分市内に本年度設置予定の配信センターから、他の学校に配信する仕組みです。これにより、地域に関係なく、どの生徒でも授業に難易度の高い問題にチャレンジするような授業を受けられる環境が整っていきます。

これによりどの地域の生徒も、生徒自身の可能性を最大限に伸ばし、多様で質の高い高校教育を提供するための環境整備を進めているのです。

\生徒の多様なニーズに応える遠隔教育/

東原氏:生徒の希望の進路が制限されてしまうことがないように、生徒の多様なニーズに対応できる科目が開設されていることはとても重要です。 レベル、学び方、興味、関心など、生徒のニーズに応えるために 多様な学びの環境を用意しなくちゃいけない。遠隔授業システムがあれば、その先に誰がいるか、どんな専門の人がいるかで、質の高い、深い学びが期待できます。

遠隔教育の実際の事例とテクノロジーの活用

釘宮氏:遠隔教育では、先生が大型モニターに向かって授業を行い、遠隔地の生徒たちがiPadを使ってリアルタイムで授業を受けています。これにより、対面授業とほとんど変わらない感覚で授業が進められ、特にレベルに応じた授業を受けられることは、生徒にとって大きな利点となっています。

実際に、普通科高校での測量の授業でも、先生は遠隔地にいるものの、生徒たちは正確に実習を進めることができ、その様子を先生がモニターしながら指導するという形で授業が行われています。数学、福祉、商業、プログラミングなど、さまざまな科目でこのシステムが活用されており、今後も大分県ではさらに広がっていく見込みです。さらに、大分県の遠隔教育システムは非常にシンプルで、Zoom Roomsを活用したシステムを導入しており、わずか2つのボタンを押すだけで遠隔授業を開始できるようになっています。これにより、先生が特別な操作を覚える必要がなく、授業の内容に集中できる環境が整っています。

また、大分県では「机間指導用ロボティクス」の研究も進めています。これは遠隔授業の最大の課題である「先生が直接個別の生徒をサポートができない」という点を解決するためのもので、先生が実際に教室を歩き回り、生徒に助言や支援を行うような感覚を、アバターを用いて再現するものです。このロボティクスの実験は今年度に入って本格化しており、今後はさらに改善が進められる予定です。また、大分県では、遠隔授業だけでなく、長期休業中の特別講座や、1対1の個別指導、評価や面談もオンラインで実施する取り組みを進めています。

さらに、大分県では中学校向けの遠隔教育の説明会も行っており、遠隔授業の導入が全県的に進んでいることが確認されています。今後もこのシステムが発展していくことで、どの地域の生徒でも、自分に合った高度な教育を受けられる環境が整備されるでしょう。

探究的な学びと遠隔教育

釘宮氏:遠隔教育のあり方は、地域ごとのニーズに応じて大きく変わってくるのですが、特に地域に行くほど進学に対するニーズが強いのが現状です。進学を支援することは確かに大切で、これまでの遠隔教育も主に進学支援に焦点を当ててきました。しかし、それだけではなく、探究的な学びもまた非常に重要だと考えています。特に、遠隔教育だからこそ実現できる探究的な学びの可能性が広がってきています。

たとえば、大分県の国東(くにさき)高校や情報科学高校では、他の学校と連携しながら、遠隔で探究的な学びを展開することが進められています。特に私たちが注目しているのは、イギリスの学校とも連携して、海洋プラスチックの問題について共同研究を行うようなプログラムが今後可能になるということ。国東高校の生徒が、イギリスの生徒と同じチームになって、1年間を通じてリサーチを進め、それを発表するという形式です。遠隔でディスカッションし、国際的な視点で課題に取り組むことができるのは、まさに遠隔教育ならではの強みだと思います。探究的な学びは、最初は近くの学校同士でスタートするかもしれませんが、遠隔教育を活用すれば、どの学校とも連携ができ、いろんな学校の生徒が同じチームで学び合うことが可能になります。

\探究と遠隔教育の親和性について/

東原氏:探究と遠隔教育で大事な点は特に2つあると思っています。まず1つは、探究では専門家と出会うことがとても重要ですよね。専門家と繋がることは、たとえイベント的であっても、児童生徒に非常に強い影響があります。先生がキッカケを作ってくれたとしても、そこで止まってはダメ。専門家と触れ合う、本物と触れ合うことがとても大事です。探究のプロセスの途中もそうだと思います。メタバース空間でちょうどその探究している人たちと出会うなども 面白いかもしれませんね。そこが2つ目にも繋がるのですが、同じような研究をしている時や、何か同じようなプロジェクトを行なっている時、それらの情報共有を子どもたち自身がすることによって、こんな視点があったんだ!や新しい発見や刺激・気づきがあるものです。ですから、生徒同士が繋がる仕掛けみたいなものもとても大切だと思います。

これからの遠隔教育の広がりと国境を超えた可能性

釘宮氏:国も県域を超えた学びを推進しようとしています。以前のコアハイスクールプロジェクトでも、県を超えた探究型学びが進められていました。今後、このような取り組みがさらに発展していくことで、遠隔教育は本当に意味のあるものになっていくと考えています。

さらに、遠隔教育が都道府県ごとで行われるべきかという点についても議論があります。実際、大分県と長崎県は来年から同じ配信センター方式を導入することが決まっています。九州全体でも、長崎、大分、鹿児島が配信センター方式を採用しており、つまり、遠隔教育は全国で同時に進んでいるのです。

今後、都道府県ごとに区切られるのではなく、もっと広い範囲で遠隔教育が行われてもいいのではないか、という考え方も出ています。そして、もっと逆の発想もあります。生徒数が減少している現在、国内だけでなく、日本の教育を海外に向けて提供することも一つの可能性です。日本の学校の先生たちは非常に高いレベルで教育を行っており、それを輸出モデルにしても良いのではないかと感じています。たとえば、英語で授業を行い、数学を学びたい海外の生徒に対して遠隔で提供するという考え方もあります。オーストラリアでは、イタリア語の授業をイタリア本国から遠隔で行っているように、日本の教育も世界に広げることができるはずです。今後、生徒数が減少しても、教育を海外に広げることで、遠隔教育の可能性はさらに広がっていくのではないでしょうか。


遠隔教育の導入は、大分県のみならず全国の教育現場における大きな可能性を秘めています。地域を超えた連携やグローバルな教育への展望を持ちながら、新たな学びの形を追求していることは、これからの日本の教育にとって重要な一歩。遠隔教育は、生徒一人ひとりがより最適な環境で学べる未来を切り開くカギとなりそうです!