2026.06.16│STEAMレポート

「配って終わりにしない」——渋谷区が実践する、生成AIを教育現場に根づかせる方法|EDIX東京2026レポート

2026年5月13日から15日にかけて、東京ビッグサイトで日本最大級の教育総合展「第17回 EDIX(教育総合展)東京」が開催されました!EDIXは、学校・教育委員会から企業の研修部門まで、教育に関わるあらゆる関係者が集まる場で、30以上のセミナーと約350社の展示が行われています。

STEAM JAPAN編集部が注目したセッションの一つが、「渋谷区の生成AI活用最前線——教職員支援から子供の活用へ」です。登壇したのは渋谷区教育委員会教育政策課の林海斗氏と、渋谷区立神南小学校主幹教諭の鍋谷正尉氏。教育委員会の政策担当者と、学校現場で日々実践している教員の両方から話が聞けるという、貴重な構成でした。

GIGAスクール構想で端末は行き渡った。生成AIのガイドラインも出た。でも、現場で本当に使われているのか?——多くの教育関係者が感じているこの問いに対して、渋谷区が出した答えは明快でした。本記事では、その取り組みの中からSTEAM教育にも通じるポイントをお届けします。

教員約600名中、毎月500人が使っている

まず驚いたのが、渋谷区の生成AI活用の浸透度です。

渋谷区では2024年6月頃から教職員向けにMicrosoft 365 Copilotを導入。約2年が経った現在、約600名の教職員(会計年度任用職員等も含む)のうち、毎月約500名が日常的に生成AIを利用しているといいます。校務や授業準備での活用が中心です。

鈴木寛氏の基調講演では「日本の教員の生成AI活用率は世界で最も低い水準」というデータが紹介されていましたが、渋谷区の数字はそれとは対照的です。では、なぜここまで浸透したのか。その鍵は、教育委員会が掲げた一つの考え方にありました。

それは「配って終わりにしない」ということ。

ツールを導入して「使ってください、がんばってください」では現場には広がらない。渋谷区はこの認識を出発点に、5つの柱で支援体制を組み立てています。

5つの柱——「現場の声」と「リーダー育成」が核

渋谷区の教職員向けAI活用促進策は、以下の5つで構成されています。

  • ① 研修資料の整備(ガイドライン、入門動画、プロンプト集を「いつでも見られる形」で提供)
  • ② 継続的な全体研修(2024年6月から各回100〜150名規模で定期開催)
  • ③ プロンプト集の公開(校務で使える53種類のプロンプトをカテゴリ別に整理)
  • ④ 現場の声に基づく改善
  • ⑤ 生成AI活用リーダーの育成

特に注目したいのが④と⑤。教育委員会の一方通行ではなく、現場と一緒に作り、現場で広がる仕組みを意識しているという点です。

④では、アンケートや直接ヒアリングで集めた声を次の研修や教材に反映。「こんな校務でも使いたい」という声からプロンプト集が53種類にまで拡充され、「初心者と経験者では必要な内容が違う」という声から役職別の研修が立ち上がりました。さらに最近では「Copilotエージェントが気になる」という現場の声を受けて、新しい研修テーマが即座に企画されたそうです。

⑤のリーダー育成では、各校から手を挙げた教員が「校内で生成AIの活用を広げる役割」を担います。研修は知識中心ではなく実践中心で、最終的に「自分の校務でどんなプロンプトを使い、何がどう変わったか」を事例発表するスタイル。現場の先生が、現場の先生を巻き込む起点を作る——教育委員会だけでは届かない部分を、この仕組みでカバーしています。

「いい感じでやってくれる」は幻想——現場教員が語るリアル

セッション後半では、神南小学校の鍋谷正尉氏が学校現場の視点から率直に語りました。

「生成AIがやってくれる」「いい感じでやってくれるから」——導入当初、教員の間にはこうした漠然とした期待があったそうです。しかし実際に試してみると「思ったようなまとめにならない」「求めているものと違う」ということに気づくようになったと振り返ります。

こうした経験を踏まえ、鍋谷氏が現場の視点から整理したのが、効果的な研修のために押さえるべきポイントです。まず生成AIの特性の理解(質問すればポンと正解が出てくるわけではない)。次に業務への適用可能性を知り、自分で考えられるようになること(テンプレートのコピーだけでは不十分)。そして言語化の力(プロンプトを書くとは、つまり自分のやりたいことを言葉にすること)。さらに業務の精選という意識(今ある業務をすべて効率化するのではなく、そもそも必要なタスクかを見直す)。

「できる人が突出して使っている姿を見ても、他の教員にとっては現実感がない」という指摘は、多くの学校現場に共通する課題ではないでしょうか。だからこそ、手順を細かくブレイクダウンし、一人ひとりが試せる「入り口」を丁寧に用意することが大切だという考え方です。

「リスクがあるからこそ教える」——子ども向け活用への第一歩

渋谷区では現時点で生成AIの活用は教職員向けに限定されていますが、今年度から中学校2校でパイロット校の実証が始まります。ここで示された基本方針は、「リスクがあるから止める」ではなく、「リスクがあるからこそ、学校として安全に扱う方法を整えて教える」ということ。

講演スライドでは、OECD『Digital Education Outlook 2026』を踏まえた5つの教育的リスク——学習過程の省略、誤情報・偏りの影響、思考の丸投げ、成績評価の信頼性低下、学習格差の拡大——が示されました。そしてこの5つを「禁止で防ぐのではなく、教えて使いこなす方向で対応していく」ために、用途を限定する、思考過程を重視する、評価を見直すという3つの軸を大切にしていくとのことでした。

「答えそのものを出させない」「なぜその答えにしたかを書かせる」「成果物だけでなく学習過程も評価する」——こうした具体的な方針は、生成AI時代の教育のあり方を考える上で、多くの学校の参考になるのではないでしょうか。

「効率化」のその先にあるもの

セッション全体を通じて、STEAM JAPAN編集部が最も印象に残ったのは、まとめのスライドに書かれたメッセージでした。

「教育現場の『より良く』とは、効率化だけではない。児童生徒への関わりの深まり、十分な教材研究と充実した授業の実施——つまり教育活動の充実。校務軽減や働き方改革と、教育活動の改善とは別のレイヤーであり、生成AIはそれらを支えるテクノロジーの一つである」。

生成AIの導入が「校務の効率化」という文脈で語られることは多いですが、渋谷区のセッションが示していたのは、その先にある問いです。効率化で生まれた時間を、子どもたちとの対話に使えるか。教材研究に充てられるか。授業をもっと豊かにできるか。

STEAM教育が目指す「創造的な学び」を実現するためにも、テクノロジーの導入そのものがゴールではなく、その先に何を実現したいのかを問い続けること。渋谷区の実践は、その姿勢を具体的に示してくれるものでした。


出典・参考

本記事は、EDIX東京2026のセッション内容に基づき、STEAM JAPAN編集部が構成・執筆したものです。記事中の解釈・論評は編集部の視点に基づくものであり、登壇者の見解のすべてを網羅するものではありません。

セッション: 「渋谷区の生成AI活用最前線——教職員支援から子供の活用へ」

登壇:林海斗(渋谷区教育委員会教育政策課)、鍋谷正尉(渋谷区立神南小学校 主幹教諭)

日時:2026年5月13日 12:40-13:00 会場:EDIX東京2026(東京ビッグサイト)

EDIX公式サイト: https://www.edix-expo.jp/hub/ja-jp.html

カテゴリ:STEAMレポート
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