未来を生き抜くために必要な力を育む教育が求められる中、大分県教育委員会は、「探究的な学び」を教育の柱に据え、次世代の育成に向けた取り組みを推進しています。地域との連携や教科横断型の学びを重視することで、生徒が主体的に学び、実社会の問題解決に取り組む力を養う大分県の教育改革。その背景や具体的な取り組み、そして目指すビジョンについて、大分県教育委員会の塩月課長補佐と大津先生について、STEAM JAPAN編集長の井上がお話を伺いました!
井上:今、各自治体が探究的な学びを軸にした独自の教科を立ち上げるなど、非常に先進的な取り組みが全国的に始まってきています。その中でも、大分県のように県全体で本質的に取り組んでいる例は他の自治体にはほとんど見られません。大分県の次世代教育や人材育成の事業について、非常に早い段階から着手され、積極的に取り組まれていると感じていますが、その取り組みの背景や経緯ついてお聞かせいただけますか。
塩月氏:大分県では、次世代を担う子どもたちに必要な力を育成するため、探究的な学びを重要な柱としています。新しい学習指導要領の改訂に伴い、これからの社会で活躍するために子どもたちが何を身につけるべきかに焦点を当てるようになりました。教科の知識を教えるだけでなく、子どもたちが何を学び、どのように問題を解決していくのか、つまり探究的な学びがキーワードとなり、そのプロセスが非常に重要だと考えています。
井上:大分県における探究的な学びの取り組みはどのようなことをされているのでしょうか?
塩月氏:大分県の探究的な学びには、大きく分けて2つの取り組みがあります。1つは各教科での探究的な学び、もう1つは、総合的な探究の時間や課題研究での探究的な学びです。
各教科での探究的な学びを促進「地域における個別最適な学び推進事業」
各教科での探究的な学びでは、先生方がより探究的な学びを促進する授業が行えるよう、授業改善の取り組みを進めています。この事業では、特に数学と英語の2教科で、探究的な学びを実践しています。各学校の1、2年生合わせて約180名の生徒が、4回シリーズで実施されるプログラムに参加しています。このプログラムの目的は、生徒たちが共同で課題に取り組み、思考力、判断力、表現力を高めることです。数学では、50分の授業を4回実施し、最終的に100分のセッションで1つの課題を深掘りしながら解決策を探る形式を取っています。この形式では、教科書の内容を超えて、実際の問題解決に挑戦することで、生徒たちは数学の本質的な面白さや応用力を実感しています。英語でも同様に、1つのテーマについてグループで議論し、意見を交換し合いながら課題を解決していきます。英語という言語ツールを使い、コミュニケーション力を高めるだけでなく、論理的に考え、他者と協力して問題を解決する力を養うことができます
生徒たちにはここで学んだ内容を自己に還元し、さらに各学校に波及してもらうような流れが生まれることを期待しています。また、生徒だけではなく、教員の探究力向上を目指し、大学や行政、教員向けの研究プロジェクトも実施しています。
塩月氏:各教科での探究的な学びの取り組みを進める一方で、各教科と総合的な探究の時間や課題研究は、相互に連携した関係でなければならないと考えています。それぞれが独立したものではなく、総合的な探究の時間を通じてこそ、これからの社会で直面する課題を解決できる人材を育成できるのではないか考えているからです。その想いから、4年前に次世代人材育成推進事業である「大分県STEAM教育推進事業」を立ち上げ、井上さん含むBarbara Poolさんのご協力を得て進めてまいりました。これまでの取り組みを通じて、先生方の間でも総合的な探究の時間や課題研究の重要性に対する認識が広まりつつあると感じています。
■令和6年度大分県STEAM教育推進事業
大分県では、令和3年度から先端科学技術分野等で幅広く活躍できる次世代人材を育成するために「大分県STEAM教育(次世代人材育成)推進事業」をスタート。その中心とも言える、OITA STEAM PLATFORMは、大分県の高校生が主体となってSTEAM教育を体感してもらえる第2の学びの場。4年目となる今年は、皆さんにさらにSTEAM教育を体感してもらえる多様なプログラムを実施。STEAM教育を通じて、分野横断的な視点で社会の課題を解決するスキルを身につけ、大分の未来について考えていく。
井上:大分県では、まさに分野横断的に、そして部署間を横断して取り組んでいる点が非常に特徴的だなと感じています。部署を超えて様々なプロジェクトを進める文化が、以前から根付いているようにもお見受けするのですが、いかがでしょうか?
塩月氏:大分県では、教育改革を進める上で、地域や産業との連携が非常に重要な役割を果たしています。特に、宇宙港プロジェクトが始まったことがきっかけで、教育だけでなく知事部局や産業課など、他の部局とも密接に協力するようになりました。私たち教員の力だけでは限界があり、教育をより効果的に進めるためには、行政や産業の専門家の協力が不可欠です。これ以前は、部局間での共通ツールがなく、それぞれの取り組みが個別に進められていましたが、宇宙港を軸にしたプロジェクトが生まれたことで、さまざまな部署での連携が深まりました。
「地域における個別最適な学び推進事業」や今回の「STEAM教育推進事業」においても、他校の生徒たちと交流しながら進めていく点が共通しており、こうした取り組みは他ではなかなか見られないのではないかと感じています。従来であれば、学校ごとに学びが完結するところですが、今回は普通科や専門科の枠を超えて異なる生徒たちが交流し、共同で学びを進めていってほしいという意図があります。
井上:「STEAM教育推進事業」が始まる際に、宇宙の規模感で地球の課題を考えるという意味から「THINK SPACE. THINK OITA.」をキャッチコピーに掲げていたことも記憶に新しいです。教育事業の立ち上げやその経緯についてお伺いしましたが、子どもたちにはどのようなスキル、資質・能力を身につけてほしいという想いで取り組まれていますか?
塩月氏:単に勉強ができるだけでなく、他者と協力する力や「なぜこれがこうなっているのか」といった探究心を育むことが重要であると感じています。このような力が各学校で育まれることが理想ですが、学校ごとに状況が異なるため、掲げるスクールミッションの表現も様々です。異なる表現ではありますが、学校と大分県として共通するビジョンを掲げているところです。
井上:これまでの取り組みを通じて実感されている変化はありますか?
塩月氏:事業を通じて、生徒だけでなく教員の姿勢にも大きな変化が見られます。以前は教員が「教える」ことに重点を置いていましたが、今ではファシリテーターとして生徒と共に学ぶ姿勢が定着していると感じています。探究的な学びでは、生徒自身が課題を発見し、解決策を模索するプロセスが重視されています。教員はこのプロセスを支える役割を担い、生徒の成長をサポートしています。
生徒の変化としては、教員が主導するのではなく、生徒が主体的に学びを進めている様子が見られます。例えば、他校の生徒と共同で進めるプロジェクトでは、すぐに馴染み、意見交換をしながら自分の考えをしっかりと発言できるようになっています。また、若手教員からも「今の生徒たちはすごい」という声が聞かれるようになり、他校の生徒とも積極的に議論し、共同で学びを深める姿勢が顕著になってきています。このような生徒たちの変化を通じて、先生方も手応えを感じていると思います。
井上:最後に、大分県の教育に関する今後の展望や課題について、お二人からコメントをいただけますでしょうか。
塩月氏:少子化が進む中で、教育をいかに活性化させるかが大きな課題となっています。そこで、遠隔教育やオンライン学習を活用し、地域や学校の枠を超えた学びの機会を提供していく必要があります。私たちは、オンラインと対面の授業を効果的に組み合わせることで、生徒たちに最適な学びの場を提供したいと考えています。特に、探究的な学びをさらに深めるために、オンラインでの共同学習や、他の学校や地域との連携を通じて、より多様な視点を取り入れることが重要です。また、教員の研修も継続的に行い、探究的学びを効果的に実践できるようサポートしていきたいと思います。
大津氏:この半年間、STEAM事業に携わる中で感じたことが2つあります。まず1つ目は、総合的な探究の時間や課題研究を通じて、地域や企業との連携が非常に重要であるという点です。生徒に最先端の体験や外部からの話を聞かせることで、彼らに大きな力が生まれることを実感しました。また、地域社会全体で教育を支える仕組みが重要であり、この事業がその橋渡しとなっていると感じています。今後もこのような部分を授業の中でさらに広げていければと思います。
2点目は、変化の激しい現代社会で次世代の人材を育成するという大きな目標がある中で、「なぜだろう」「もっと探究したい」といった生徒の好奇心を引き出すことが、彼らの可能性を大きく広げると感じた点です。しかし、総合的な探究の時間においても、教員が「どう進めるべきか」と悩み、様々なフレームを整えつつも、生徒が「これをやりたいのに、先生にこうしろと言われる」というギャップが残っていると感じました。特に、生徒がテーマや課題設定をしたいと思っても、教員や社会の風潮が壁となってしまうことが課題です。
生徒が力を伸ばすためには、テーマや課題設定が非常に重要であり、これは総合的な探究の時間だけでなく、他の教科にも共通することです。この事業を通じて自分も教育についてさらに考え、大分県の教育事業に貢献できることがあればと思っています。
大分県の探究的な学びの取り組みは、地域との連携や、探究力を育む教育プログラムによって、生徒たちが主体的に学び、自らの力で問題を解決する力を培っています。全国の教育現場にも大きな示唆を与えるものであり、未来を担う子どもたちの道を切り拓く取り組みとなりそうです!