図書館とSTEAM教育

図書館の存在意義に対する議論

インターネットや電子書籍などのテクノロジーの進歩により、図書館の存在意義についての議論が活発になっています。特にアメリカでは1990年代以降、図書館不要論をも含む厳しい論調が登場し、図書館の機能や役割についての再検討が進みました。その在り方が模索される中で、STEAM教育を実施する場として図書館を活用する取り組みに注目が集まっています。図書館は、STEAM教育が現状抱えているいくつかの問題を改善する可能性を秘めており、学校の教室とは異なるアプローチでSTEAMの学習体験を提供することが期待されているのです。

 

STEAM教育の抱える課題

STEAM教育の普及において特に重要な問題だと言われているのが、女性、低所得者層、そして、白人以外の人種という所謂マイノリティグループの子どもは、科学やITなどのSTEM分野への参加率が低いことです。STEAM達成度の低い子どもたちは、そもそも学習へのアクセスが十分でないことが多いため、公正な学習機会を整えることが必要とされます。

もう一つの問題として、学校の教室で行われるSTEAM教育の一種の限界が挙げられます。工夫の余地は残されているものの、教室での授業は既定のカリキュラムに沿って行われます。学校の授業では生徒に成績をつけなくてはならないため、ある一定の基準で生徒のパフォーマンスを測り、評価をつけることが避けられません。

 

公共性と自由度の高い図書館での学習

生徒の属性や背景環境の条件による学習達成度の違い、既定のカリキュラムによる制限など、STEAM教育に関するいくつかの問題は、図書館の利活用によって解決できる可能性があります。

まず、そもそもの前提として、図書館はSTEAM教育を行うための材料が多く揃っている施設だと言えます。近年では、インターネット環境の整備は当たり前のこと、本だけでなくAV機器やコンピュータ、更には3Dプリンターまで取り揃えている図書館もあります。

そして、図書館という施設は全ての人に開かれているという特徴を持ちます。特に、地域の図書館は、所属している学校や団体等に関わらず、その地域の住人であれば誰でも利用可能です。図書館でSTEAM学習の機会を提供することで、ジェンダーや社会経済的状況の条件により十分な学習体験を得られていなかった子どもがより深くSTEAMと関わることができるようになるでしょう。

また、図書館で行われるアクティビティやセミナーの内容は、学校の教室での授業に比べて自由度が高く、子どもがより楽しめるような内容にすることが可能です。子どものSTEAM教育への興味を深めるには、学習で扱う題材を子どもが日常生活で触れているものにより近づけることが効果的だと言われます。例えば、SNSやエンターテインメントを取り入れ、STEAM学習アクティビティを図書館で開催することもできるのではないでしょうか。

 

アメリカ「The STAR Net STEAM Equity Project」

図書館でのSTEAM教育プロジェクトの実例として、アメリカの図書館とSTEM専門家のコミュニティが主催する「The STAR Net STEAM Equity Project」を挙げます。このプロジェクトは、地方都市にある小規模な公共図書館が優れたSTEAM教育を、特に取り残されがちなラテン系住民に提供できるよう支援するものです。公募から選ばれた全国12の図書館には、STEAM学習教材の購入などに使用できる資金として、4年間で合計15,000ドルが提供されます。

支援を受けた図書館はそれぞれ工夫を凝らし、STEAM分野を身近に感じさせるような活動を行っています。アーカンソー州のベリービル・ライブラリーでは、2人の司書が実験道具・材料を積んだ可動式のカートを用い、屋外を含む地域の様々な場所で科学実験を披露する活動を行っています。また、コロラド州のモントローズ・リージョナル・ライブラリー・ディストリクトでは、ストップ・モーションの仕組みについて学ぶことができる展覧会を英語とスペイン語のバイリンガルで開催しました。来場者は、会場でアニメーション制作に使用される装置に来場者が触れることができました。

何れの例でも、インタラクティブな形でSTEAM学習の機会が提供されていることが注目されます。「本を所蔵するハコモノ」という従来の静的なイメージを超え、情報や学習機会を動的に提供する場へと進化していくことが、図書館に求められる新しい姿なのではないでしょうか。

図書館が真のSTEAMハブとなるには、様々な変革が必要です。静かに本を読む場所も確保しつつ、グループアクティビティも行えるようなスペースも必要になるでしょう。帰国子女や外国にルーツのある子どものために、多文化・多言語対応の強化も必須です。他にも課題は多くありますが、図書館の役割について活発な議論が継続されていくことが、STEAM教育の環境改善のためにも期待されます。

 

参考文献

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Available at: https://www.ala.org/tools/programming/steamequity

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Available at: https://www.montrosepress.com/news/arts_and_entertainment/library-full-steam-ahead-for-creativity/article_f2cba806-52f7-11ec-abf4-679411d7a3c1.html

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