2026.04.07│STEAMレポート

「ワクワクを、幼稚園から高校まで止めない。」 姫路市教育長 久保田智子氏インタビュー

TBSアナウンサーを経て、2024年に姫路市教育長に就任した久保田智子氏。就任以来、幼稚園から市立高校までをつなぐ「一気通貫型探究学習 」を掲げ、子どもたちのワクワクを途切れさせない教育の実現に取り組んでいます。
全国的にも珍しい、市立の小・中・高校を一貫してつなげられる強みを活かし、探究の学びを切れ目なく積み上げていく姫路市の挑戦。その背景にある想いと具体的な取り組みについて、STEAM JAPAN編集部がお話を伺いました。

久保田 智子氏

姫路市教育長。
TBSアナウンサーとして報道・情報番組を担当した後、コロンビア大学大学院にて修士号を取得。
TBS News Dig 編集長を経て、2024年に姫路市教育長に就任。幼稚園から市立高校までの一気通貫型探究学習の推進、全市立中学校へのメタバース型学習プラットフォーム導入など、新しい教育のかたちに挑戦している。

小中高一気通貫型探究学習の背景

STEAM JAPAN:本日はよろしくお願いいたします。姫路市が掲げている「小中高一気通貫型探究学習」について、まずはこの構想が生まれた背景を教えていただけますか。

久保田氏:もともと姫路市では、小学校と中学校のつながりを意識した取り組みは私が着任する以前から進められていました。しかし、中学校から高校への接続はとても薄く、教育委員会の中でも高校は現場任せになりがちだったんです。市の教育行政は義務教育が中心になりやすく、高校に対して教育委員会が積極的に関わっていく体制が十分ではありませんでした。

私は着任してすぐに、幼稚園から小学校への接続も、中学校から高校への接続も、すべてが切れ目なくつながっていなければならないと感じました。特に探究学習を考えたとき、積み重ねが途切れてしまえば発展性が失われてしまう。だからこそ、少なくとも探究学習においては一気通貫のつながりが不可欠だと考えたのです。

STEAM JAPAN全国的に見ると、高校からは県立になることが多く、小中学校との間でどうしても断絶が生まれやすいという声をよく聞きます。姫路市の場合は市立高校があるという点で、少し状況が違うのでしょうか。

久保田氏:まさにそうです。市立高校をどうするかという議論の中で気づいたのですが、私たちは幼稚園も小学校も中学校も持っていて、その先に市立高校がある。そこを一気通貫でつなげることこそが、姫路市が教育に取り組む意味を最も発揮できるところだと確信しました。

ワクワクが失われていく「学びへの意欲」が薄れる構造

STEAM JAPAN幼稚園から高校まで学びをつなげていく意義について、もう少し詳しく伺えますか。なぜ「発展させ続けること」が重要だとお考えになったのでしょうか。

久保田氏:率直に言うと、学年が上がるにつれてどんどんワクワク感が少なくなっていく学びに対して、強い問題意識を持っていました。実は私自身、今まさに幼稚園から小学校に上がった娘を育てているんです。子どもがもともと持っているワクワク感が、なぜ学びの中で維持されないのか。個人的にもずっと感じていたことでした。

小学校の低学年では比較的、好奇心を活かした学びが行われています。しかし学年が上がるにつれて、正解がきちんと決められていく。答えが一つに定まる世界に入っていくことで、子どもたちの好奇心やワクワク感が徐々に失われていくんです。

STEAM JAPANよく私たちも高校生と話すときに、「幼稚園のときの砂場遊びを思い出してみて」という話をするんです。砂を濡らして固めて、トンネルを掘って、どうやったら崩れないか試行錯誤する。あの感覚って、まさに探究の原点だなと感じるのですが、いつの間にか「こうすればいいんだよ」と教えられることが増えて、自分で考える機会が減っていくように見えることがあります。

久保田氏:とても共感します。その感覚がつながりの中で失われないでほしいと思ったのかもしれません。必要な基礎学力はもちろんあると思いますが、それは土台であって、これからの時代に本当に必要なのは、正解のない問いにどう向き合っていくかということ。そこにワクワクし続ける、没頭するということによって、子どもたちはより動機づけされていくべきだと思います。

失敗は、大切な学びのひとつである

STEAM JAPAN学びに向かう意欲が薄れていく背景には、評価の仕組みも関係しているのかなと感じることがあります。小学校2〜3年生くらいから手を挙げる子が急に減るという話も聞きますが、姫路市として、失敗との向き合い方について何か意識されていることはありますか。

久保田氏:失敗も含めて、大切な学びのひとつであるということだと思います。別の言い方をすると、学年が上がるにつれて学びへの意欲がどんどん低くなっている感じがするんですよね。なぜそれを育てられないのか。具体的に言えば、「失敗しちゃいけない」という守りに入ってしまうことや、ワクワクできたものができなくなってしまうこと。子どもたちが自分を制限してしまうということに、強い問題意識を持っています。

STEAM JAPANテストで正解を出すことに重きが置かれる仕組みの中では、なかなか挑戦しづらい面もあるのかもしれませんね。

久保田氏:そうですね。そういうルールで教育が動いていると、子どもたちはそこを目指さざるを得ない。だからこそ、探究学習の中で失敗を肯定していくことを、姫路市の教育の大切な方針のひとつとしていきたいと考えています。

「ワクワクし続ける」を成し遂げる

STEAM JAPAN幼稚園から高校まで一気通貫で育てていったとき、最終的にどんな18歳の姿を目指しているのでしょうか。

久保田氏:やはり「ワクワクし続ける」ということだと思います。それが探究学習で成し遂げたいことの核心とも言えます。今、姫路市では「ワクワクする授業づくり」を高校だけでなく小中も含めて掲げています。ワクワクし続けること、いろんなことを面白いと思えること。そういうジョイフルな子どもが私の理想です。

嫌なことがあってもそこに面白さを見つけられる力。課題にぶつかっても挑戦する気持ちを持って、ワクワクする部分を見つけられる。それはとても強いことだと思うんです。

姫路市立高校のビジョンとしては、「学ぶ楽しさを知り、自らの人生を自由に設計し選択することができる人」「他者を思いやる心を持ち、多様な価値観を理解して未来を共に創造しようとする人」「変化の激しい社会の中においてもしなやかな心と高い志を持ち続けることができる人」を掲げています。

第3期姫路市教育振興基本計画より
(出典:https://www.city.himeji.lg.jp/kurashi/0000028838.html

「自由」というキーワードに込めた想い

STEAM JAPANお話の中で「自由」という言葉が出てきましたが、子どもたちに自由を感じてもらうために、何か具体的に取り組まれていることはありますか。

久保田氏:私自身の価値観として、「自由」はとても重要なものです。ただ、自由を持てるということは、広い視野を持っていたり、さまざまな経験をしていたり、選択肢をたくさん持っているということが前提になる。それがなければ自由はカオスになってしまう。人の自由も尊重できる、広い視野があるからこそ得られる自由が大切なのだと思います。

具体的な取り組みとして、新しい市立高校では制服をジャケットだけにしました。中に着るものは自由です。制服を求める子どもや保護者もいる。でも、それがありきで変われないのは嫌だから、まずジャケットだけにしましょうと。これがひとつの、良い塩梅の「自由のスタート」かなと思っています。

もちろんTPOもありますし、制服にはいろんな見方がある。外の人たちからどう見られるかという他者の視点を考えながら自分の格好を選ぶ。あなたは姫路市立高校の代表でもあるんですよ、ということも含めての「自由」です。自由には責任が伴う。それを自分で考えてみましょうと。

姫路市立高校が提案する新感覚の制服

STEAM JAPAN自由について自分で考えるきっかけにもなりそうですね。

久保田氏:日本の教育の良さとして、規律や集団行動ができるという部分は世界からも評価されています。それを失うということではなく、その土台がある上で、18歳で自立していく高校段階ではもっと自由を与えるべきだと考えています。

メタバース空間で見えた「自由と責任」

STEAM JAPANICT活用についても伺いたいのですが、姫路市ではメタバース型の学習プラットフォームを市立中学校の生徒に開放されていますね。どのような狙いがあるのでしょうか。

久保田氏:基本的にICTの活用は進めるべきだと思いますが、ICTだから良いということではなく、ケースバイケースで判断していくことが大切です。姫路市では、メタバース型の学習プラットフォームを全市立中学校に開放しています。家庭学習での基礎学力向上や、学校に行きづらい子どもたちへの教育機会の確保を目的としたものですが、それだけにとどまらない可能性を感じています。

プラットフォーム上では学習コンテンツの利用だけでなく、コミュニケーションルームでの交流やイベント参加もできるようになっています。その中で見えてきたのは、匿名性のある空間で子どもたちが自由を得ながらも、責任を感じて行動している姿でした。一般的にメタバースの教育活用というと、不登校対応など限られた目的で導入するケースが多いですが、姫路市ではすべての中学生に向けて「みんな使おう」というポジティブな形で展開しているのが特徴です。

STEAM JAPAN匿名の空間で子どもたち同士がやりとりする中で、どんな様子が見られていますか。

久保田氏:中学生が集まるので、当然ネガティブな言動もあります。しかし印象的なのは、それを子どもたち自身が「そんなこと言わない方がいいよ」と声をかけ合って、コミュニティを自分たちで維持しようとしているところです。完全に匿名だからこそ、学校では言えなかったことが言えたり、見られていることを意識せずにアクションを起こしやすかったりする子どもたちがいる。そこにはもっと共有されるべき知見があると感じています。

学校の垣根を越えた産官学連携

STEAM JAPAN産官学連携の意義について、どのようにお考えですか。

久保田氏:学校だけで学びを完結させる必要はないと思っています。探究学習で大切なのは、子どもたちが「これは自分ごとだ」と感じられるテーマに出会うこと。そのきっかけは、教室の中よりも社会の中にあることの方が多いんですよね。地域で困っている人の顔が見えたり、「これをどうにかしたい」という気持ちが自然と湧いてきたり。そういう出会いの選択肢を広げていくことが重要だと考えています。

学校の先生たちの世界と、実際に動いている社会には当然ギャップがあります。子どもたちはいずれその社会に出ていく。だからこそ学校がもっと開かれて、社会の動きを取り込んで学んでいくことが重要です。

先ほどの「自由」に通じることですが、ボーダーレス、垣根をなくすということがとても重要だと思っています。小学校だから、中学校だから、学校だからという垣根は、かつては必要だったのかもしれませんが、今はもっと低くしていくべきです。産官学連携をしないでいい理由はない。それぞれに得意なことを持っている人たちがたくさんいるのだから、その人たちに接して学んでいくことが大切です。

一気通貫型教育がもたらす姫路市の未来

STEAM JAPAN一気通貫型教育を通じて、子どもたちや地域の皆さまにどのような未来を届けたいとお考えですか。

久保田氏:私の好きな言葉に「Think Globally, Act Locally」があります。グローバルな視点で考え、地域で行動を起こす、といった意味ですが、一気通貫型探究学習が目指すのは、まさに姫路にいながらも、視野を広く持ち、身近に変化を起こし続ける人材の育成です。

幼稚園での「なぜ?どうして?」という純粋な驚きが、小学校での「もっと知りたい」といった没頭につながり、中学校では「もっとこう変えたい」という具体的な行動に繋がり、高校で「グローバルな視点で社会を変える」確かな構想力へと昇華される。

このプロセスにおいて、大人は見守り役ではありません。子どもたちの問いは、私たち大人の当たり前を揺さぶります。大人になるにつれ、どうしても考えが凝り固まってしまいがちなのですが、子どもたちの「なぜ?」を原動力に、姫路市全体が未来志向で、アップデートし続けるイメージを持っています。

加えて、グローバルな視点を得ることにより、姫路城や町の歴史への誇りの醸成にもつながると思います。姫路では当たり前のことが、外から見ると決してあたりまえでない。姫路ならではの魅力に気づくはずだからです。

一気通貫型探究学習によって、姫路市は確固たる伝統を持ちながらも、変化を恐れないで型破りな挑戦を続けるといった、成長し続ける未来を思い描いています。

君の『好き』が、この街の未来を動かす力になる

STEAM JAPAN:子どもたちへのメッセージをお願いできますか。

久保田氏:姫路に住むすべての子どもたちに、あなたの意見は大切なんだよ、と伝えたいです。
年齢を重ねたからこそわかることもありますが、若いから、経験してないからこそ見えることもあります。そのどちらも、同等に重要だと思っています。わからないことに臆することなく、むしろわからないことこそが武器だと思って、声をあげていって下さい!

失敗してもいい。それも大切な成長の糧です。なによりも「なんでだろう?」「こうしてみたい!」という心の声を大切にしてください。あなたが夢中で探究したその先に、まだ誰も見たことがない新しい姫路の景色が待っています。みんなの好奇心が、この街の未来を創ります。

18年間で育む、一生モノの『生きる力』

STEAM JAPAN姫路市の市民・保護者の皆様へのメッセージをお願いできますか。

久保田氏:市民の皆様、そして保護者の皆様。
いま、姫路市は教育の形をアップデートしようとしています。知識を一方的に教える教育から、子どもたちが自ら学びを編み出す「探究」の18年間へ。それはもしかすると、皆さんが受けてきた教育とはだいぶ違うと感じられるかもしれません。でも、皆さんが児童生徒だったころと、今の社会を比べてみると景色はかなり違います。子どもたちが大人になる未来は、さらに変化していることでしょう。そんな変化の激しい社会を生き抜いていくためには、これまでと同じ教育では対応しきれなくなっています。未来を見据えた教育改革を推進していきますので、何卒ご理解をよろしくお願いします。

幼稚園から高校まで、一貫して「自分で考え、動く」経験を重ねた子どもたちは、たとえどんなに予測困難な時代が来ても、自らの足で立ち、周囲と協力して道を切り拓くことができます。ぜひ、学校でどんなことをしているのか、子どもたちの話を聞いてあげてください。子どもたちが夢中で何かに取り組んでいるとき、どうか「そんなの役に立つの?」などと大人の視点で考えず、「おもしろそうだね!ワクワクするね!」と子どもの視点を体感してみてください。

街全体が探究フィールドになる。そんな姫路の新しい教育文化を、共に創っていきましょう。