世界のSTEAM人材

2019.10.28

【インタビュー】ジャズピアニスト・数学研究者 中島さち子さん

ジャズピアニスト、数学研究者。高校在学中、国際数学オリンピックインド大会に出場し、日本人女性初(2019年現在まだ唯一)の金メダルを獲得。東京大学理工学部卒業後、音楽の道へ。2002年~2005年、渋さ知らズオーケストラにキーボード奏者として参加。2010年より数学関連活動(研究・アウトリーチなど)も再開し、数学や音楽についての講演・ワークショップ活動も開始する。 2018年より、内閣府 STEM Girls Ambassador 。現在、経済産業省が推進する「未来の教室」実証プロジェクトをはじめ、多様な STEAM 教育プログラム開発なども行っている。著書に『人生を変える「数学」そして「音楽」』、『音楽から聴こえる数学』、『タイショウ星人のふしぎな絵』など。

数学とジャズに出会い、全力で追った学生時代

佐藤:「まず、数学にはまり始めたきっかけはなんでしたか?」

中島さん:「本格的に数学にはまり始めたのは中学2、3年生の頃でした。それまでやっていたピアノを中2でやめてすごく時間ができたのですが、そこでふと興味を持ったのが『大学への数学』という雑誌で、ピーター・フランクル先生(ハンガリー出身の数学者・大道芸人)が出題されていた『今月の宿題』というコーナーでした。宿題の問いは受験や学校の問題とは全く違っていて、一見何が起きているのか分からないけど、見えていなかった視点から考えると分かるというようなとても面白いもの。時間的にものんびりで最大1ヶ月考えられるのですが、あるとき1ヶ月ずっとずっと考えて〆切ギリギリに解答を送ったことがあって、そのときは解けたことより1ヶ月朝から晩まで考え続けた間の楽しさ・喜びがそのまま自信になったんです。考えている1ヶ月の間は失敗続きで本当に成功したのは最後の瞬間だけかもしれませんが、その山登りのような道がすごく楽しくて、「研究って面白い」と思いました。それをきっかけに、いろいろな先生や数学者、現代数学のような深い奥の世界に出会えて、どんどんはまっていきました。」

佐藤:「では、中学の頃に出会った数学を大学まで突きつめていったんですね。なぜピアノにまた戻ってきたのですか?」

中島さん:「数学には相当のめり込んで、大学では仲間とゼミを始めて輪読を行い、哲学的にも面白い現代数学にもっと早く出会ってほしいという思いから中高生に(体験的に)現代数学を伝える活動もしていました。一方で、大学1年の時にビッグバンドサークルに入り、そこでジャズに出会いました。ジャズは、聴き方一つでその人の生き様なんかも見えてきます。もともと即興が好きだったのと、小説のような、人間のカオスな泥臭さ(ブルース)を感じてはまっていき、数学科があった駒場から本郷にあるジャズ研に通うようになりました。当時のジャズ研は、いろんなプロの方も自由に出入りしており、深夜によく自由にジャムセッションをしたりしていました。セッションは言葉ではない会話で、一人一人の演奏技術がいくら上手くても最初は別々の木のようなのですが、本当の意味で上手い人たちの演奏では音楽が網の目のように有機的に生きてくるのです。それが掴める瞬間が少しずつ生まれて、とにかく魅惑され、院試直前にすごく考えてこのまま音楽に没頭しようと決めました。7、8年音楽ばかりで、その間は数学のことは言われたくなくて。でも、娘が生まれて価値観がガラッと変わりました。それまでは自分の大事にしたいものへ突き進んでいたのが、社会や人に貢献することを考えるようになったんです。音楽活動は一生涯続けたいと思っていますが徐々に研究へも戻り始め、同時に講演や執筆、ワークショップの開発や実践などもやるようになりました。30代になって振り返ってみると自分にとっての数学と音楽は実はとても似ていると気がつき、二つをつなげる活動も始めました。」

佐藤:「数学と音楽はどんなところで似ていますか?」

中島さん:「両方とも、「作るもの」という点で似ています。私にとって音楽は作るもので、作曲や即興はとても好きですし、譜面を弾くにしても作曲した人の気持ちを考えることがとても楽しいです。数学も、よく答えがあると言われますが、やっぱり私は作り手としての数学が面白いと思っています。まだ見つかっていない本質的な視点を探すというような。研究としての「作る」数学。なお、こうした「作る」喜びは、音楽家や数学者に限らず、みんなが享受できるものだと思っています。また、音楽でいいひらめきが降ってくる時は何も考えていない無心の状態の時なのですが、マンネリしているときは、自分や他の人の演奏を分析して見えたパターンを壊すと新しい自分が見えたりします。思考することは、時に感性を、不自由な状態から開放してくれます。逆ももちろん。思考は大切ですが、最後のひらめきや大事な瞬間には感性や情緒の力がとても大切です。このような論理と感性の行き来はあらゆる創作活動で大事だと思っていて、数学と音楽ですごく似ていると思う点でもあります。なお、私たちが皆小さな頃数学や音楽を学ぶ意味は、こうした「作る」喜びや試行錯誤の体験をし、感性や情緒、想像力や思考力といったクリエイティビティの土壌を育むためだと思っています。」

教わるだけじゃない、これからの学び

佐藤:「数学と音楽という普通は共通点を見出さない二つのことを深くやってきた中島さんだからこそ、STEAMに関わるようになった必然性のようなものが見えてきました。」

中島さん:「数学や音楽の「創る、探求する」喜びや楽しさが数学者や音楽家でないと味わえないというのがもったいないと感じていて、むしろ小さい頃からこうした喜びを体験的に味わうことで、論理だけでなく、情緒的なものが育っていくと思っています。これからの社会では、知識や基礎学力ももちろん必要ですが、それよりも自分で悪戦苦闘しながら昔の音楽家や数学者がしてきたように何かを作る体験をする方が、本質は伝わるのではないか、と思います。大人になるにつれ、「これは●歳の私にはまだ無理」などと思ってしまうことが多くなりがちですが、本当はそんな限界は後から誰かが勝手に決めたもの。自分で何かを発見・発明・探究してみる体験は、たとえそれが間違っていても失敗だらけでも、生きる力となるだけでなく喜びや自信にもなるはずです。そしてそれは、「生きていてよかった」という感覚にも結び付くと思います。私はある意味ラッキーで、振り返ってみるといろんな機会やのびのび好きなことに向き合える文化や環境があったおかげで良いものに出会えたので、そういう意味でも社会を意識した活動というのは大事だな、と思います。」

佐藤:「中島さんの『STEAM LIBRARY構想について』を読ませていただいたのですが、その中のSTEAMのAの意味がリベラルアーツのアーツの意味で、私がイメージしていたアートの定義より広いと感じました。」

中島さん:「日本だと「アート=芸術=科目としての音楽や図工」となりがちですが、もっと広い意味でとらえた方が良いように思っています。アメリカでも最初は「art, design」の意味でしたが、最近では一般的にリベラルアーツを指す「arts」としている学校が増えています。リベラルアーツは日本だと人文科学系と捉えられますが、西洋ではもともと科学もアートも入っているものとして使われていたので、かなり広い意味で使っています。たくさんあるアートの定義の中に「世界を見る新しい視点を生み出す」というものがあって、芸術家に限らずその人なりの視点を生み出すこと、そして他者を喜ばせたい、などの共感を持つことが大事だと思っています。」

松下:「課題解決の力はどうやって鍛えたら良いのでしょうか。」

中島さん:「他の人や自分の「心が喜ぶ」ということと課題解決は密接に繋がっていて、「心が喜ぶ」ということを考えると、実は思っていたのと全く違う解決方法だったということもあると思います。今は「もっと安く、機能をよく」というようなわかりやすい課題はだいたい解決してしまっていて、喜びや幸せを生み出すには「感じる力」がないと難しいと思っています。どのようにそうした創る力や問題解決の力、感じる力を育むか…ですが、一つの鍵は、オープンクエスチョンかなと思います。例えば娘が通っているアメリカの学校では数学でも「今日学んだことは社会でどう活きると思いますか?」と聞かれたりします。最初は答えられないけど、何度も聞かれて考えるうちに自分なりの答えが出てくるのではないかと思います。日本では研究者になって初めて答えのない問いを問われるのですが、もっと小さい時から触れて欲しいと思っています。」

先生も学び手も、失敗を恐れずに

松下:「これからの「教えない教育」のようになる中で、先生はどうしていったら良いのでしょうか?」

中島さん:「ただ放置をするのではなくて、子どもがいろんな多様な発見をできるような文化・環境は大切かなと思います。これからの先生は「教える」のではなく、こどもたちの主体的な学びの冒険(旅)を一緒に楽しみ応援する存在になるのだと思います。一見、この変化はとても大きいものです。でも先生方は<一人一人の子どもが喜ぶ瞬間>を察知するプロです。子どもたちの目線により焦点を当てていくということで、手法は変わっても大きな流れは変わっていないのではないかと。今は先生が失敗してはいけない!という雰囲気が強いと思いますが、先生が「初めて知った!」というような心の動きを見せれば、子どもは反応します。そんな弱さを出せるということが、大事だと思います。最近色々な場でご一緒させていただいている同志社女子大学の上田信行先生は、「発明」に必要なものは、プレイフルな魂(好きや興味、関心)と振り返る力(体験を経験・学びへ)、そして創り出す場・環境だとおっしゃっています。 これからの時代は、みんなが創り手であり研究者であり発明家。一人一人が、多様な、その人らしい発想で、いろんな発見・発明を楽しむことができるような社会になれたら素敵だなぁと思います。」

松下:「これからの社会で、どうやって生き抜く人材になれば良いと思いますか?」

中島さん:「「好き」や「面白い」を大事にして欲しいです。そして、無理かもしれないと思ってもちょっと勇気を出して深みにはまってみる。それが一見無駄でも、そうやって考えられる自分に誇りを持って欲しいです。挑戦したことは、たとえ失敗に終わっても、その過程で必ず多くの豊かな学びがあるはずですし、人生の財産になります。好きなものが見つからないという人もいるけど、どんな小さな「好き」であっても、そこを自分なりに掘っていけば、そこからいろんな世界が開いていきます。「何かにならなきゃ」とは思わずにちょっとずつ踏み出していけば、その人の価値になると思います。」

(聴き手:佐藤琴音・松下 紗由美/文:佐藤琴音/写真:山越香里)