【インタビュー】シリコンバレーSTEAM最前線 井上さやかさん

佐藤:「井上さんはお子さんをアメリカで育てていらっしゃいますが、その中で日本との違いを感じることはありますか?」

井上さん:「違いかどうかは分からないですが、プリスクールでは自然にSTEAMが取り入れられていると感じます。4歳の子供がいるのですが、プリスクールで最近、ジュースを凍らせてシャーベットを作るというブログラムをしていました。作ったシャーベットでお店やさんごっこもやり、その時に使うお金も自分たちで作っていました。このプロジェクトだけでも様々な要素が含まれています。例えばクッキングをするとサイエンスの要素が入るし、お店を作ればアートが含まれます。さらにお金を作ってやり取りをすれば算数も使います。このようなことを、日常の一環として行いさらっと報告してくれるのが、さすがだな、と思いました。」

佐藤:「STEAMを売りにしている園でなくてもそのようなことが行われているのですか?」

井上さん:「はい。そもそも、多様な園があるんです。学問に特化しているところもあれば森林で遊ぶところ、モンテッソーリ教育やシュタイナー教育を取り入れているところもあり、その中から選んでいきます。私の子どもが通っているのはplay basedの園で、のびのびと遊びながら学んでいます。園だけでなく、親もエンジニアなどの仕事をしていて自分たちで何かを作って人に見せるのが好きな人が多いです。例えば、スペースXのエンジニアをしているお母さんが子どもたちと自由研究のようなプロジェクトをして、実際に走る車を作ってしまった、ということも聞きました。また、中高でのロボットコンテストでは、親も張り切って一緒にやる場合もあります。」

佐藤:「学校の外で、楽しみながら何かを作るということは多いのですか?」

井上さん:「はい。それが見られる場所の一例が、シリコンバレーに幾つかある、普通の人でも3Dプリンターやレーザーカッターなどを利用できる工房のような場所です。今は無くなってしまったのですが「テックショップ」という人気の工房に行っていたことがあるのですが、その時に小学生くらいの子がロボットを設計して作ったり、親子で来たりする光景が自然に見られました。こんな風に、子どもが何かを作ることが比較的広く行われていると感じます。また、図書館でもプログラミングや3Dプリンターのコースを無料で教えています。特に3Dプリンターのクラスは人気で、すぐ埋まってしまいます。」

佐藤:「学校内の環境はどんな様子ですか?」

井上さん:「アメリカでも10年前くらいから知識偏重や座りっぱなしで受けるだけの授業はダメだという流れになったようですが、どうしたらいいかは模索している段階です。学校によっても違っており、ドリルを重視するところも、アートを重視するところもあります。私立の変わった学校だと、完全プロジェクト型の学校があります。そこはカーンアカデミー(無料で様々なオンライン講座が受けられるサイト)の設立者が作った学校なのですが、子どもたち自身がその日やることを決めていきます。また、AI教育についても、小学校から組み込むことが議論されています。」

佐藤:「小学校での教科横断はどのように行われていますか?」

井上さん:「聞いたことがあるのは、火をテーマにしたプログラムの事例です。火についてサイエンスやアート、エンジニアリングなど様々な観点から1週間かけてみていくというものでした。やはり、複合的に自分の体験を通して学ぶと、本質的なことが学べると思います。」

佐藤:「学校単位で色々行われているのですね。行政のような大きな単位では、STEAMを組み込む仕組みなどはありますか?」

井上さん:「オバマ大統領が2009年に「米国はSTEM教育のグローバルリーダーになる」という戦略を打ち出し、トランプ大統領も基本的にはその姿勢を継承しています。昨年末にもSTEM教育の5カ年計画が発表されており、STEM教育に関連する予算も多くついています。学校単位の取り組みや、教員向けワークショップ等も進んていると思いますが、感覚としては民間の盛り上がりも大きいです。やはり一般の人の関心が高いので、様々な取り組みが行われています。例えばアフタースクールでSTEAMに特化したプログラムを提供したり、サイエンス系のサマーキャンプを行ったりしています。また、STEAM系のおもちゃも数多く出ており、盛り上がっています。」

佐藤:「STEAMというとアートが入ることもあり遊び的な要素のイメージが強くなりがちですが、高学年や中高生の場合にはどのようなことが行われていますか?」

井上さん:「いろいろなイベントがありますよ。例えば「カウンティフェア」という地域のお祭りのような場で、高校生のロボコンが行われたりしています。また、より高度なことを理解できるようになるので、AIを高校で学ぶこともあります。ただ、やはり小さいうちに自分の興味関心を追求していくためのきっかけとしてのSTEAMの重要性は大きいと思います。」

佐藤:「アメリカ全土に対して、シリコンバレーの教育環境の特徴はありますか?」

井上さん:「シリコンバレーはフェイスブックやグーグルなどのテックジャイアンツの本拠地でもあり、エンジニアをしている親や教育への感度が高い人が集まっています。また、自動運転車や配膳ロボットなど、新しいテクノロジーに触れる機会も多いです。先ほど話した完全プロジェクト型の学校のような実験的な例は、それを受け入れる先端的な考えを持っている親が集まっているからこそできることです。加えて、様々な国から人が集まり人口が増えているので、土地全体の人種構成が多様です。」

佐藤:「教育現場に関してはどうですか?」

井上さん:「アメリカ全体と比べてどうかはっきりとは言えませんが、親の影響は強いと思います。例えば、家の近くの大学で子ども向けに半年に1回開かれるフィジックスショーが流行っています。音の波を見たり、炎を使ったりと子どもの興味を引く実践的な実験を舞台の上でやるのですが、すぐ埋まってしまうほどの人気です。こういったことができるのも、親の関心が強いからだと思います。また、スタンフォード大学でも子ども向けのプログラムをしており、大学の取り組みもいろいろ行われています。小学校では学校ごとに違いがあるのですが、公立の学校でも力を入れているところでは、テックショップのような設備を揃えている例があります。」

佐藤:「日本の従来の教育を受けてきた子どもたちと、体験を通して学んできた子どもたちでは考え方にも差が出てきそうですが、違いは感じますか?」

井上さん:「まだはっきりとは効果が出ている段階ではありませんが、自分の頭で考えて0から1を作るということができるのではないかと思います。実際に、小学生が自作のゲームを販売したり、会社化したりするという話をよく聞くので、自分の手で作って世の中に出すということが早々にできているのかもしれません。また、小学生が自分で地域の課題を考えて自分たちで解決策を考えるコンテンストなども行われています。これには、周りの大人の様子や環境も影響していると思います。アメリカでは選挙の時に分厚い資料が配られるのですが、そこには政策についての予算面などのメリットデメリットが書かれています。そして、例えば「レジ袋を10円で有料にするか」というような細かいところも自分たちで住民投票によって決めていきます。このように、論理的に考え議論するという土壌があり、自分たちが社会を変えられるということを身近に感じられるため、子どもの時から自分たちの意見を意識しているのではないかと思います。」

佐藤:「ここ10年で最近の流れが生まれてきたというお話でしたが、変化に対応するための教員養成で苦労はないのでしょうか?」

井上さん:「教員の団体がワークショップを行ったりしていますが、基本的にはみんな変化に対して強いです。シリコンバレーも時代によって盛り上がるビジネスや人が変わっているし、時代の変化に抵抗するよりも自分たちが変わるという認識があると思います。」

佐藤:「先生同士が助け合うコミュニティーや基盤のようなものはありますか? 」

井上さん:「Teachers Pay Teachers という、先生が自分の作った教材を販売するサイトがあるのですが、STEAMの教材もやり取りされています。また、自分が行った授業をツイッターで報告し、それを他の先生が真似するというような、ネットワークによる効果もあります。さらに、先生自身がアクティビティをやってみるというワークショップも、いくつかの小学校で最近行われていました。自分たちで実践することで楽しいポイントや子どもたちが疑問に思いそうなポイントが分かるので、そのような実践を自分たちでやっているというのは良いことだと思います。」

佐藤:「最近のSTEAM教育では、「A」の定義がいわゆる「アート、デザイン」から「リベラルアーツ」などへ広がっているようですが、アートの定義とはなんだと思われますか?」

井上さん:「『将来のビジョンを作る』ということもアートに含まれるのではないかと思います。これはシリコンバレーのスタートアップ企業が得意としていることですが、自分たちが思い描いていることが小さな部分についてであっても将来のビジョンを大きく描き、そこから何をやるのか決めていきます。思い描くことがあってこそのSTEM教育、それがSTEAM教育なのかなと、個人的には思っています。」

佐藤:「日本の教育も少しずつ変わる動きはありますが、決定的に足りないと感じる部分はありますか?」

井上さん:「個人の力を伸ばしていくところが課題だと思います。日本は一斉に同じ内容を学ぶ形なので、例えば優秀な生徒がさらに進んだ内容を学んでいくことは難しいです。それから、0から1を作るという部分が足りないのではないでしょうか。暗記型ではなく、実践的に何かを創るということが必要だと思います。STEAM教育を取り入れるにはハード面の充実は必ずしも必要ではなく、ちょっとした工夫でできます。例えば、水と油を使った実験でも子供は興味を持つし、考えるきっかけにもなります。堅苦しく考えずに、身近なところから取り組んでいくことが大事だと思います。」

(文:佐藤琴音・写真:山越香里)

カテゴリ:世界のSTEAM教育