2020.01.15│STEAMレポート

【編集長就任インタビュー】STEAM JAPANに込めた日本教育への想い・井上祐巳梨氏

 2019年11月のSTEAM JAPANサイトリニューアルに伴い、編集体制も強化され、新編集長に井上祐巳梨(いのうえ ゆみり)さんが就任されました。井上さんといえば、これまでクリエイティブ事業を中心に地方創生や商品開発など、様々なプロジェクトを創出してきた人物。どのような経緯と想いをもって、STEAMという教育領域の事業を立ち上げ、WEBメディア編集長となったのか。編集長就任インタビューをご覧ください。

株式会社Barbara Pool 代表取締役 / クリエイティブプロデューサー
井上 祐巳梨氏プロフィール
 東京都出身。日本大学芸術学部卒業。学生時代から地域の町おこしイベントや、2,000人超を動員する学生最大級アートイベントの立ち上げを代表として行う。芸術学部奨励賞(最優秀表彰)受賞。大手広告代理店に入社。大型イベント案件にて社長賞受賞。2013年オーストラリア政府のキャンペーン「The Best Job in the World(世界最高の仕事)」では、世界60万人から日本人唯一の25名の中に選出。同年6月に株式会社Barbara Pool 設立、代表取締役に就任。企業・地域の課題を解決するクリエイティブ事業を主体に、多数のプロジェクトに携わる。主な作品に、唐津市PR統括、コスモ石油「スマートビークル」、シーボン.「私たちの心の原点」など。2016年、日芸アートマネジメント会事務局長就任。2017年、豊島区・アートカルチャー構想 池袋シティブランディング戦略会検討委員。2018年、地方創生×クリエイティブ人材育成プログラムをエリア拡大実施。2019年、(株)Barbara PoolにてSTEAM事業部を立ち上げ、WEBメディア「STEAM JAPAN」の編集長に就任。同時期に、経済産業省『「未来の教室」実証事業』に採択。一般社団法人STEAM JAPAN設立、代表理事に就任。新しい次世代STEAM教育事業を推進中。

21世紀の教育改革について語っていた中学時代

長岡:「まずはじめに、どのような経緯でSTEAMという教育テーマにいき着かれたのでしょうか?井上さんといえば広告や商品開発、ブランディングといった“クリエイティブ業界の人”というイメージです。」

井上さん:「STEAMを知った直接のきっかけは、一番上の姉からの情報でした。シリコンバレーに住んでいる彼女が、STEAMという教育トレンドがあって、これからの世界の教育スタンダードは「何かを創る」ことだと言うんです。私は三姉妹の末っ子なのですが、長女はシリコンバレーに、次女はロンドンにそれぞれ住んでおり、日本・アメリカ・イギリスの3拠点をハブにして各国のSTEAM教育事情を調べていって、これは間違いなく今後重要なものになる!と確信したわけです。数年ほど前の話です。」

長岡:「三姉妹3拠点でのSTEAM調査!すごいですね。これまでクリエイティブ畑にいらっしゃった井上さんにとって、STEAMの何が心に刺さったのでしょうか?」

井上さん:「弊社では、地域課題をクリエイティブや横断したスキルで解決していく、というのを実際に行なっている会社です。そこで、さらなる本質は、考えた時に「地元の方々が、自分たちで実際に課題解決できるようになること」、そこがキーになると思いました。そこで、自治体主催の『クリエイティブ実践カレッジ』や『クリエイティブラボ』を企画運営しているのですが、その活動を通じて「クリエイティブはクリエイターだけのもの」「普通の人には縁のないもの」という感覚が想像以上に世間一般にある、ということを節々で感じていました。

本来、クリエイティブって身近なところにたくさんあるもので、それこそ小さな子どものやること一つとっても、全てがクリエイティブなわけです。みんな誰でもクリエイターだしクリエイティブの力を持っているにも関わらず、どうやらそう思っていない人が沢山いるようだと。

それってなんでだろうな?と思っていた中でSTEAM教育のことを知って、これは教育から来ているのかもしれない、という仮説がたったんです。そして、社会人だけでなくまさにこれからの未来を背負って行く「子供たち」こそ、このスキルが重要だと感じました。私自身、小さい頃から一斉教育に疑問を感じていた人間だったので、特にそう感じたのかもしれません。」

長岡:「小さい頃からって、いつぐらいからですか?」

井上さん:「小学生の時にはもう、みんなが同じことをやらねばいけないことや、はみ出たことをやったらすぐに列に戻されることに、ずっと違和感を感じていました。なぜ、個性を個性として受け取ってもらえないのか。例えば小学校のときは、こんなことがありました。騎馬戦のリーダーは「男子だけ」と決められていました。幼いながらに、その理由がわからず「なんでですか?」と担任の先生に聞きました。すると、「ルールだから。前例がないから。」というのです。誰が作ったか分からないルールで、子供たちは自然とがんじがらめになっているんですよね。こんなわかりやすい例だけでなく、他にもたくさん転がっていると思います。ただ、私は母親から「常識を疑え」との教育を受けていたので、この問題は私は実際に新聞の声欄に投稿しまして(掲載されなかったと記憶していますが)その元の文章を持って、担任に「女子でも、やらせてください。機会を勝手に摘まないでください。校長にもお伝えします。」と直談判しました。結局、熱意が伝わったのか、騎馬戦リーダーになれたことが非常に思い出深く残っています。こんなことが日常茶飯事でしたので、中学の卒業文では「21世紀の教育改革について」なんて、一人だけ超堅い文章を書いていました(笑)」

長岡:「中学からすごいテーマですね(笑)先生も複雑な気分だったかもしれませんね。」

井上さん:「なぜ私たちはこういう教育を受けなければいけないのか、ずっと納得できなかったんです。高校になると少しは自由な雰囲気になり、そのあと日芸(日本大学芸術学部)に進学して、そこで「人生は自由なんだよ」という先生方のもとで、初めて「ああ、これで大丈夫なんだ」って気づいたんです。日芸では、個性を伸ばすことが全て、という風土でした。

でも社会人になって、また一斉授業の延長が続くわけです。例えば企画書一つとっても、好きな色で仕上げて提出すると「なんでこんな色で作るんだ。常識を学ばなかったのか」なんて言われたりして。良い会社ではあったのですが、それでも、こういう“型にはめる”空気からは逃れられないのか、と。違和感はずっと心の片隅で感じていました。」

本当に変えていくべきは、親御さんや先生方のマインド

井上さん:「あと、震災の影響も大きいです。3.11を境に、これまでの消費型社会の限界に人々が気づき、競争社会から『共創』社会へのシフトが少しずつ始まったと感じます。私自身もあの日がきっかけで大きく価値観が変わり、のちに起業をするきっかけになりました。

教育もまた、みんなが一斉にやること自体に限界があると気づいたタイミングでもあったのではと思います。」

長岡:「高度な知識教育を受けて来られたはずの方々が、震災現場では柔軟な判断を下せていない、なんて話はよく聞きますよね。」

井上さん:「イギリスでもアメリカでも、“知識教育だけ”はもう古いというのが共通の認識です。その前提で、どうやってSTEAM教育を実践していくべきか。PBL等をどのように進めていくのが良いのか。みんな試行錯誤しながら模索している時代です。

日本でも、STEAM教育は一部の優秀な人だけのものではなく、ボトムアップ型で広く一般に必要なものであることは間違いないでしょう。でも一方で、まだ多くの親御さんが「受験に関係ないから」という理由で、後回しにしちゃっている現状があります。これは先生方も同様です。つまり、本当に変えていくべきは親御さんや先生方のマインドにある、と私たちは考えています。

だから弊社では新規事業としてSTEAM 事業部を立ち上げてWEBメディア「STEAM JAPAN」をオープンし、また並行して一般社団法人STEAM JAPANという別団体も立ち上げました。」

長岡:「先に社団について教えてください。新団体ではどんなことをされるのですか?」

井上さん:「社団は今回の実証事業(後述)の、自走化プランでして、コンセプトは『「知を創りだす学び」で、子どもたちの創造への自信を育む』です。具体的には大きく2つ、企業と公教育をつなげるSTEAMアンバサダー制度と、公教育でSTEAM教育を促進するためのSTEAMプログラム研修制度と人材育成及び認証を行ない、先生方のマインドを共に変えていきたいと考えています。

弊社では、今年度の経済産業省『「未来の教室」実証事業』に採択されまして、さっそく小中学校の先生方に対してSTEAM研修サービスの実証を開始しました。また今夏には、STEAM特別教員カリキュラムを某大学の教育免許更新研修に実験的に取り入れていく方向でも進めています。

あと、この2つをやっていくにあたって“スピード感”も重要だと考えていて、それに必要なのが「モデルエリア」です。国内にSTEAM特区なるモデルエリアを作ってゴリゴリと進めていく、なんてこともやっていきたいと考えています。実際にSTEAMに興味のある自治体さんから早くもそういった相談があり、非常に有難い限りです。」

長岡:「素晴らしいですね!ちなみに、なぜ社団という別の法人を立ち上げたのでしょうか?貴社のSTEAM事業部でもできたのでは、と感じました。」

井上さん:「おっしゃる通り、STEAMコンテンツ開発やSTEAMの海外最新情報(特に英国・シリコンバレー)や、普及活動は弊社STEAM事業部で行っていく予定です。ですが「認証」領域に関しては、各業界をまたぐ形で、それこそ様々な方と手を携えながら進めていく必要があります。様々なプレーヤーを入れた横断型で、言葉だけでなく「子供の未来」を考える団体・個人だけを取り入れた社団という形で新たな組織を作りました。また具体的にお伝えできればと思いますが、理事には、STEAM領域の各プロフェッショナルの方々に参画いただいていているのと、理念を共にする企業さんや行政さんも今後ご一緒に「共創」できればと思っています。またこちらは改めてお知らせさせていただきたいと思っています。」

フラットな存在であることが最大の強み

長岡:「WEBメディアとしてのSTEAM JAPANはいかがでしょう?どんなことを発信されていく予定ですか?」

井上さん:「こちらは、世界のSTEAM人材インタビューを中心に、世界各国のSTEAM最新情報を盛り込んでいく予定です。“正解”が重要でないAI時代に、私たちはどのような力をつけなくてはならないのか。そんな疑問へのヒントになるような情報を発信していきます。」

長岡:「他にも教育系メディアってたくさんありますが、STEAM JAPAN最大の強みは何でしょうか?」

井上さん:「一番は、我々は発信を絞っておりまして、STEAM関連をお伝えしていく集中型であること。そして、『フラットな存在』であることです。どこかをひいきするのではなく、あくまで中立的な立場のもと、本当に子ども達のためを思っているかという視点でコンテンツを作っていきます。また、日本以外にアメリカとイギリスの生の情報を、実際に住んでいる姉妹からリアルタイムで受け取れるという点も、大きなアドバンテージだと考えています。数週間の現地視察ではどうしてもキャッチできない情報が、現地に住んでいると入ってきます。それらを、STEAM JAPANを通じて皆様に発信していきます。」

長岡:「中立的な立場から発信される、日本含めたリアルなグローバルSTEAM情報を読める、ということですね。とても貴重な存在ですね。」

井上さん:「普及拡大が最終ゴールなのではなく、あくまで子ども達が“人財”として次の時代に巣立っていける環境を整備したい。その一点に尽きます。そこは揺るぎない想いがあります。」

「生み出す力」が一番ワクワクする

写真左は、STEAM事業部統括責任者の松下紗由美さん。文中にも出てきている、井上さんの姉である。井上さん曰く「彼女はとにかく巻き込み力がある。行動派。彼女がいなかったら、このSTEAM事業は進めていなかったでしょうね。」とのこと。イギリスでの最新事例も持ってきてくれるので、松下さんがいたことによりグローバルな視点を取り入れられているそう。

長岡:「メディア名と社団名、どちらにもSTEAMに“JAPAN”がついているのですが、日本という文言を付している理由は何でしょうか?」

井上さん:「共創社会に向かっていく世界潮流の中で、日本こそがSTEAM領域のグローバルリーダーとして引っ張っていくべきだと考えているからです。なぜなら日本には、今まで培ってきた『利他の心』や『互助の心』があるからです。そういったお国柄だからこそ、引っ張っていけるところが絶対にあると思うんです。

でも、日本人に足りないのが『自信』です。昨年11月に日本財団が発表した国際調査結果(※)によると、国や社会に対する意識が、調査国中で最下位だったことが判明しました。

私の中で特にキーワードになっているのが、経産省の浅野室長による「日本人はアジェンダ・ファイトが弱い」という言葉です(こちらの記事を参照)。これは、日本人の自信のなさに直結してくることだと思います。日本からもう少し、本質を理解し議論して答えを導き出すような人が輩出されていかないと、国自体がどんどん衰退してしまうという危機意識があります。

だからこそ、日本から海外へ発信する気持ちを込めて、メディアと社団の名前に“JAPAN”をつけています。」

日本財団「18歳意識調査」第20回テーマ:「国や社会に対する意識」(9カ国調査)より。インド、インドネシア、韓国、ベトナム、中国、イギリス、アメリカ、ドイツと日本の17~19歳各1,000人を対象に、国や社会に対する意識を聞いたもので、日本はいずれの項目においても最下位であった。例えば、日本の将来が良くなると考える人は9.6%(約10人に1人)しかおらず、社会を自分で変えられると思ってる人は18.3%(約5人に1人)にとどまり、結果として国の将来に対する展望を持てない人は32.0%(約3人に1人)にものぼっていることが、調査結果より明らかとなっている

長岡:「井上さんにとって、STEAMの『A』って何だとお考えですか?一般的にはアートやリベラルアーツといった解釈がなされていますが。」

井上さん:「ビジョンを描く力、未来のあるべき姿をきちっと描ける力、と捉えています。これからの時代、そこがますます重要になってきますから。その中に、リベラルアーツやアート、ひいては日本人のもつ利他の心といったものが包含されるんだと思います。」

長岡:「ありがとうございます。最後に、STEAMの重要性を説かれる方は口を揃えて『ワクワクが大事』だとおっしゃっています。井上さんにとってワクワクする瞬間って何でしょうか?」

(少し考えて)

井上さん:「正直仕事全てワクワクしますよ!STEAMも、これをやることで何かを変えられるかもしれない、多くの子ども達に影響を与えられるかもしれない、自分たちがやっていった行動で未来が少しでも良くなるかもしれない。そういう想いをもって取り組んでいるので、すごくワクワクしますし、楽しいです。タイムマシンに乗って、学生時代の自分を救い出せるような、そんな意義ある施策を実行していきたいです。

冒頭でお話しした一番上の姉に現在4歳の子どもがいるのですが、その子が姉の顔を見ると“I love you!”と発言するロボットを作ったんです。すごくないですか?今の時代では作れちゃうんですよ。ロボットに限らず、何か作りたいと思ったら、できないことはないんです。特に、子どもの力は本当に無限大です。そういった気づきを、多くの方にしていただきたいと思っています。

名実共にSTEAM改革元年となる2020年、ぜひSTEAM JAPANに注目してください!

(ライター:長岡武司)

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