アメリカ・カリフォルニア州サンディエゴに、生徒主体のカリキュラムで注目を集める「High Tech High」という学校があります。この記事では、High Tech Highで行われた一つのプロジェクトに主に注目して、ご紹介します。
High Tech Highは、2000年に作られたチャータースクールです。チャータースクールとは教員や親、地域団体などが設置し、公費によって運営される学校のことで、独自の教育方針で運営することができます。現在は4つのキャンパスでおよそ6350人の幼稚園~高校生が学んでいます。
入学に当たっては試験などはなく、公平さを重視して住所を考慮した抽選を行なっています。そのため、生徒の構成は経済的・文化的多様性に富んでいます。その一方で卒業生の進学率は非常に高く、2018年の卒業生のうち71%が4年制大学、27%が2年制大学に進学しました。この割合は、カリフォルニア州全体での高校修了者にしめる大学進学率が64.4%(2017〜2018年)と比べると、かなり高い割合です。
High Tech Highの大きな特徴が課題解決型学習です。生徒たちが自分の興味があることについて主体的にプロジェクトに取り組み、実社会に結びついた成果を出すことが重視されています。これは幼稚園から始まり、最初は虫を観察したり、自分たちで育てるというようなシンプルな内容で行われます。4年生の場合は食糧問題について見学などを通して学んだことを冊子にまとめ発表するプロジェクトなど、社会との結びつきが強いものが増えていきます。さらに、自分たちが見つけた課題に対して実際にアクションを起こすプロジェクトも増えていきます。
今回は、卒業間近の11、12年生が取り組んだ「 Urban Re-Farm」というプロジェクトについてご紹介します。
このプロジェクトが目指すのは、人間の生活空間を食料生産や水再生の場として検討することです。生徒たちは、プロジェクトを通して食料生産がはらむ様々な問題や科学に触れていきます。最終的に行うのは、実際の住空間で使うことのできる設備を自分たちで作り上げることです。プロジェクトを4つのステップに分けて、それぞれのステップで何が行われたのか見ていきましょう。
まず最初に生徒たちが行うのは、人工物に囲まれて生きている植物の背景にある科学やシステムを理解し、「system thinker」となることです。
生徒たちは歩道の割れ目に生えた雑草や駐車場の木などを探し、写真をとります。そして、その中から選んだ一枚の写真について、植物が生きるシステムを考えるための20の質問(必要な光の量は?水はどこからくる?など)を考えます。次に質問を5つに絞り、インターネットなどで調べます。こうして得た研究結果を一つのドキュメントにまとめます。
2つ目のステップでは、都市農業についてのインフォグラフィックを作成し、カタログにします。このステップの目的は、農業システムについて知ることと、「伝え方」を知ることです。
まずは都市農業について解説するウェブサイトやポッドキャストを用い、都市農業について学びます。その中から3つの製品・システムを選び、興味を持った理由やメリット、考えうる課題などについてをワークシートにまとめます。次にグループで一つの都市農業システムについて調べ、インフォグラフィックについてまとめます。ここでは、選んだシステムについての概要や様々な観点からの利益、さらに具体的に導入する際の物理的要件などが求められます。さらに、視覚的に魅力的であることも重要です。
生徒たちが作ったインフォグラフィックを掲載したカタログを見ると、どれも色合いやレイアウトなどが美しく、分かりやすい作品に仕上がっています。このカタログが、最終的な製品の顧客を得るための大事な要素になります。
3つ目に行われる多肉植物プランターの作成は、実際に制作物を作るための予行演習です。このステップでは、デザインに使うツールの使い方や、製品を無駄にしないためのデザインについて学びます。
まず、プランターで多肉植物を育てる方法や必要な条件について調べます。次にグループでプランターの設置場所やデザインを決めます。そして、等角図の書き方など、制作に必要な技術も身につけます。プランターの制作後には、制作過程をまとめます。Adobe Illustratorを使用して、制作工程の説明や製品の取扱説明書、改善点などをまとめます。
いよいよ、最終的な製品を実際に作ります。まずは、顧客に対してデザインや機能などについての希望を聞き取り、ニーズを明確化します。そこから潜在的な課題も洗い出し、デザインや設置スペースのスケッチを作成します。そして、見た目にも気を配りながら最終的な製品を作成します。
この一連の制作工程や使用方法、さらに、工業的な食品生産プロセスの問題点などをまとめ、出版物の形にまとめます。こうして作られた本は販売されており、購入することもできます。
この都市農業について考えるというプロジェクトは、High Tech Highが位置するサンディエゴの特徴にも合致しています。
まず、サンディエゴ郡は農業が盛んな地域です。サンディエゴ郡の農業の経済規模は、全米3000以上の郡の中で19位。さらに、10エーカー以下の小規模農場の数は最多です。このように、農業が地域に根ざしたトピックなのです。
さらに、都市農業自体にも追い風が吹いています。サンディエゴ市は、2012年に基本方針の中の「都市農業」に関する修正を採択しました。これによりルールが整備され、住民による庭の造成、ヤギや蜂などの飼育、水の貯蓄が簡単になりました。
一方で、都市農業を実行するにあたり壁もあります。不動産価格が高く、乾燥した土地であるために水道料金も高額です。このように、都市農業への後押しと障壁がある状態で、Urban Re-Farmで生徒たちが取り組む課題は身近で、意義を感じられるトピックであると言えます。実際に、生徒たちが提案している製品は、雨水を集めて家庭で使う仕組みや、垂直に伸ばすことで必要面積を少なくした菜園など、地元が抱える課題に深く結びついています。
Urban Re-Farm全体を通して特徴的な点の一つ目は、学校外とのつながりが多いことです。リサーチの段階では、自ら観察対象とする植物を決めたり、教科書ではなくポッドキャストや本、映画などを資料として使用しています。さらに、製品を作る相手も自分たちではないお客さんです。そのため、学校のプロジェクトでありながら「ニーズを考えて製品を作る」という経験をすることができます。
二つ目の特徴は、成果物に高いクオリティが求められていることです。ここには、内容だけでなく、美しさの観点も含まれます。制作には本格的なツールを使用することが求められる一方で、資料の一覧にはカラーホイールやチュートリアルも掲載されており、初心者が取り組むことが想定されています。これを通して、人に伝わりやすいアウトプットの方法も学ぶことができます。
High Tech HighのWebサイトは、この他にも様々な課題解決型プロジェクトが紹介されています。理系のテーマのみならず、アートや歴史、言語など様々な分野に関わるプロジェクトが行われています。また、複数の分野にまたがるプロジェクトが多いことも特徴です。課題解決型学習を様々な教科にいかに組み込み、教科間の壁を超えていくのか、ヒントになりそうです。
(文:佐藤琴音)