実社会につながる学びや、主体的で且つ探究・STEAM的な学びが非常に求められている昨今。それぞれの自治体で、地域の特性を活かした新たな学びのカタチが始まっています。先進自治体レポートvol2では、全国の中でも有数の研究学園都市・つくば市の「研究者」と子どもたちをつなげる「つくばSTEAMコンパス」を実施しているつくば市政策イノベーション部科学技術戦略課の高橋氏・つくば市教育局総合教育研究所の大坪氏に今年度の事業に携わっているSTEAM JAPAN編集長の井上が、お話を伺いました。
井上:本日は、宜しくお願いします。STEAM教育に興味関心の高い自治体や学校関係者はご存知かもしれない研究者と子どもたちを繋ぐ「つくばSTEAMコンパス」事業。本日はこちらの事業が、つくば市で始まった背景やこれからについて、をお伺いできたらと思います。まずは、背景からいかがでしょうか。
高橋氏:はい。宜しくお願いします。まず、つくば市は、科学技術のまちであるというところが何よりもの背景の一つです。ただ、そんな中で、科学技術のまちというのを標榜していながら、市民意識調査で「身近な生活の中で科学技術の恩恵を感じていますか?」という質問をしたところ、半数近くの方から「感じていない」という回答が寄せられました。正直、我々としてはかなり衝撃的な数字でした。
科学技術のまちなのに、市民の方々に恩恵を感じてもらえていないというところで、では我々に何ができるのかと考えた時に、「子どもたちの教育に地域の科学技術リソースを活用しよう」と。そうした背景で、この「つくばSTEAMコンパス」事業を立ち上げました。
「つくばSTEAMコンパス」事業は2018年に立ち上げたのですが、最初は課題探究型の社会教育イベント事業としてトライアル的に立ち上げました。ただ、そのイベントが好評だったこともあり、こうした内容をより公教育の中にこそ取り入れていくべきではないかという話になり、翌年度から事業を本格化したのです。2019年にスタートし、市内小・中学校向けの正式カリキュラムとして、地域の研究者が子どもたちの課題探究をサポートするプログラムを整備したのですが、皆様ご存知の通り新型コロナウイルスの蔓延の時期と重なってしまい、実際に研究者が学校に出向いて授業を行うということができない状況になってしまいました。そこで、その時に新型コロナ禍に対応する特徴的な事業として立ち上げたものが「つくばこどもクエスチョンオンライン」です。これは、学校が一斉休校になったタイミングの、子どもたちが「自宅にいる時間」というものを前向きに捉え直し、自分が興味関心を持っていたものに向き合う時間として使えないか、という思いから立ち上げました。
どういう事業かというと、自宅で自身の興味関心ごとを考えていく中で、疑問に沸いたことや、なぜこうなるのだろう?などの疑問(クエスチョン)に対して、つくば市の研究者の方々が質問に答えてくれるというものです。実際にYouTubeやメールなどで質問を受け付けました。この時に多くの研究者の方々に事業の趣旨に賛同していただき、協力していただきました。現在の取組ができているのも、この時に繋がった研究者の方々に今も支えていただいているという背景もあります。
そして、翌年度もコロナ時期が続いておりましたので、オンライン事業を中心にして行い、2021年度からようやく学校現地での授業に着手することができました。まずは1校試験的に行い、その翌年は3校、そして昨年度は5校まで拡大しました。今年度はSTEAM JAPANさんのサポートもありながらも6校予定でして、徐々につくば市内の科学教育事業を拡大してきた形になります。
井上:ありがとうございます。本当につくば市さんって、世界に誇れる科学技術エリアだと思うのですが、そのエリア特性を子どもたちの学びに還元していくというのはすごく大事だなと改めてお話を伺いながら感じました。当初はイベント的であったものが、どんどんと「公教育」の中に入っていく形になっていったと思うのですが、実際につくば市教育委員会さんとつくば市科学戦略課さんとのコラボレーションの仕方などはどのようになられていらっしゃいますか。
高橋氏:そうですね。学校教育を担当している部局である教育局と、我々のように(一般的に申し上げると)企画部門が連携して、こうした事業を回しているというのが一つ大きな特徴になっている事業かなと思います。我々は、先ほど申し上げた市民意識調査の結果などを含めて、科学教育の機会を市民に提供したいというのが企画部門としての考え方で、教育局の方は教育大綱の中にも「科学技術やその合理的精神を尊重する学び」を挙げており、科学教育やSTEAM教育という点で双方に合致し連携していく流れとなっていきました。
STEAMコンパス事業における主な役割分担としては、我々科学技術戦略課の方で、日頃連携している大学や研究機関との連絡調整を担当しています。
全体の事業管理や研究者の方の選定も当課で行っており、教育局の方では、例えば指導案や学校教育の観点からどうした内容がふさわしいといった助言や学校側とのやり取りに関して入るなど、良い役割分担ができているかなと思っております。(教育局の)大坪先生、いかがでしょう。
大坪先生:そうですね。高橋さんにまとめていただいた通りではあるのですが、つくばでは探究を軸とした学び、子どもたちの主体的な学びを、すごく大事にしながら学びを進めてきました。ですが、多様化する子どもたちの一人ひとりの探究を本当に支えていくためには、クラス全員の子どもたちを一人の先生で見るっていうのは正直なところ限界があり・・・、
それには専門家や、つくばの特色を生かした研究者・大学教授等とつながって、子どもたち一人ひとりの問いが本当に探究できる時間がもてたらいいなと思っていました。
そうしたなかなか教育局だけでは実現できなかったところを、科学技術戦略課と一緒に組ませていただくことで、このような学びの実現ができていると感じています。
井上:ありがとうございます。やはり分野横断的な学びの促進には、さまざまな横断を行いコラボレーションしていくことが必要ですね。ちなみに、こうした学びの促進をしていくことで、具体的に子どもたちにどういった資質能力を身につけてほしいというものはあられますか。
大坪先生:つくば市は、教育大綱の最上位目標に「一人ひとりが幸せな人生を送ること」を置いています。この目標実現のために教育活動を進めているのですが、大きく二つ思いがあります。
一つ目は、課題を「発見」する・課題を「設定」する、そういう力を身につけてほしいと思っています。AIが普及・発達している時代になってきて、AIに意見やアイデアをもらうことは簡単になってきていますが、AIに課題や目的・ゴールを示してあげないとやり取りはできないので、これからの未来を創っていく子どもたちに必要な力っていうのは、「問いを発見する」・「問いを創る」力だと。そのために、自分は何が不思議に思っていて、自分はどんなことを探究したいのか。問いを創る力を育むことを、この探究学習でもあるSTEAMコンパス事業はすごく大事にしています。
2つ目は、学校の中で子どもたちが問いを探究していく中でAIに聞くことや、インタビューや調べたり、実験したり体験したり・・・いろんな経験をするわけなのですが、たくさんの仲間や研究者と、探究していく中でも、ああでもない、こうでもないっていう「試行錯誤するその過程そのもの」を大事にしてほしいと思っています。
研究者が一人ひとりに向き合ってくれるので、子どもたちにそういう経験をしてもらうことで、その「解を導くまでのプロセス」を大事にしてほしい、そうした思いがあります。
問いの発見・問いを創る力と、解を導くまでのプロセスをコラボレーションして創り上げていくそうした活動を経験した子どもたちこそが、幸せな人生を切り拓いていくのではないかと期待して進めているところです。
井上:解を導くその過程そのものというのは、本当に重要ですよね。それをさまざまな人たち(お友達や専門家など)とコラボレーションしていくことも非常に大事な点だと思います。
まさにSTEAM教育で重要とされているcommunication(コミュニケーション)、collaboration(コラボレーション)、co-creation(コークリエーション・共創)にも通づる話と思いました。また、STEAM教育という観点でいうと、それにプラスしてアウトプットの形(実社会との繋がり)も重要になるかと思うのですが、その辺りのアウトプットの形というのはどのように考えられていますか。
大坪先生:アウトプットの形としては、現状はPower Pointやcanva等で自分の考えをまとめて表現する、提言する、提案するという形も多いのですが、これからはさらに「ものづくり」であったり、プログラミングをして何か人の役に立つ課題解決になるような作品を創るというような、体験もどんどんしてもらえると嬉しいなという期待を持っています。
高橋氏:そうですね。学校の授業で行う探究活動として、調べ学習で終わってしまってはもったいないと思っています。現状は、どの学校で行う場合にも最終的な発表(プレゼンテーション)を設け、自分なりの表現を行っています。違う学校の子ども同士をオンラインで繋げてお互いの発表を聞き合うといった取組を今年度試験的にやろうと思っていますし、さらなるアウトプットの仕方というのも今後行っていきたいとことです。
井上:確かにICTを活用していくと、学校同士のみならず国を超えて、なども可能になってきますし、広がりますね。今年度、我々STEAM JAPANも事業に関わらせていただいているので、さらに今後デザイナーやエンジニアなど、幅広にアウトプットの助言ができるような専門家の繋ぎもできてくると面白いだろうな、と。組み合わせ次第で、さらなるコラボレーションやアウトプットにつながってくる可能性もある大きな可能性を秘めた事業だと思います。ちなみに、つくば市さんにはICTが非常にお強い人材も多いのではと推測しているのですが、そうした人材のコミュニティや、既にまとまっていたりされているのでしょうか。
大坪先生:そうですね。つくばでは、児童生徒のICTに関すること(プログラミングやりたい、新しいアプリを使いたい等)に、子どもたちを支援する支援員が14名おります。その支援員に要請をかけて学校に支援に入ってもらうっていうような形でICTの活用推進を図っています。あとはつくばにICT教育アドバイザーという方が4名おります。
今後さらに、連携できていけたらいいかなと思っていますし、この事業の中で、新しいアウトプットの形をさらに掛け合わせができていけるといいなと思っています。
井上:どんどん進化していくと広がりますね。さて、今すでに色々と授業実施されている中で、子どもたちの変化や様子というところで見えてきているものがあれば教えてください。
大坪先生:子どもたちの、本当に探究している時のあの熱中する顔とか、何か自分なりに解が見つかった時のあのワクワクしたような表情っていうのはすごく印象的です。つくばSTEAMコンパスを検索していただくと、これまでの事業のダイジェスト版が動画で見られます。まさに「ミニ研究者」みたいな、真剣な表情や見つけた時の喜びの表情から、先生方もやりがいを感じていると思います。
高橋氏:特に印象的だったのが、ある小学2年生のクラスに研究者の授業が終わった後、最後に「研究者になりたいと思った人〜?」と聞いたところ、クラスの8割ぐらいの子たちが手をあげたことがありました。実際に研究者の熱意が伝わって、そこに魅力を感じてくれたのかなと思います。研究者に会ったことがないと研究者になりたいっていう夢がなかなか身近なものにならないですが、実際に会うことでそうした夢も現実のものとして捉えることができたのかもしれません。
高橋氏:また、このSTEAMコンパス事業でもう一つ特徴的なところとして、子どもたちの一人1台端末を活用して、研究者の方々と子どもたちが直接繋がるという取組が挙げられます。
Microsoft Teamsのチャット機能を使って、研究者の方々と子どもたちをチャット上でつなげて、研究者の授業を受けた後に疑問に思ったことや自分で調べたり考えたりした時に、疑問に思ったことをチャットにあげるとそこに研究者が答えを返してくれるという仕組みです。通常の一般的な出前授業ですと、だいたいその日限りの繋がりで終わってしまうのが通例だと思うのですが、このSTEAMコンパス事業に関しては一貫して研究者の方々に子どもの探究活動を支援いただくという体制を整えているというのが一つの特徴かなと思っています。
井上:子どもたちの探究活動でさらに学びたい!知りたい!という芽を大きく伸ばしていくことはとても大切ですよね。最後の質問になりますが、今後のつくばSTEAMコンパスの取り組みの展望を教えてください。
高橋氏:はい、本事業は順調に拡大してきているものの、今年6校といってもやはりつくば市内の一部の学校にしか提供できていないというところが事実としてあります。ですので、今後の展望としては、希望する学校すべてに提供したいと考えています。
ただ、それに対応できる実施体制もまだ構築途中ですし、協力いただける研究者の母数がまだまだ圧倒的に少ないというのも現状です。協力していただけるような研究者の裾野を、今後拡大していきたいというのは考えているところです。最終的にはつくばならでは、つくばにしか出来ないSTEAM教育を目指していきたいと思っています。
大坪先生:私も同じ想いです。加えて、今のつくばSTEAMコンパス事業って、未来の学校の姿なんじゃないかなと思っています。子どもたちが自分で問いを創り、それを自分なりに探究して、友達とより良い解を導き出して、自分なりにアウトプットする。この一連の探究学習というのは、これからの学校教育の中ですごく大事な学びの一つの姿だと思います。
今は、つくばSTEAMコンパス事業という「つくばスタイル科」の中での探究学習なのですが、こうした学びを体験した子どもたちが各教科でもこの探究のサイクルを回せるようになっていくことが、これからの学校教育には必要なのではと思っています。
このつくばSTEAMコンパス事業を、つくばの子どもたちにみんなに受けてもらって、こういう学びの姿、学び方っていうのを子どもたちが身につけ、そしてより良い社会を創っていってくれると嬉しいなと感じています。
井上:お二方のお話から、とても熱意を感じ、何よりも子ども達への想いを感じ取ることができました。我々も少し違う立ち位置からとはなりますが、さらなる事業発展に寄与できればと思いました。本日はどうもありがとうございました。